Indiebase編集部です。
玉座に座る美しい女性が、こちらに向かって杯を差し出しています。
もう片方の手には長い杖。足元には黒い豚が横たわり、背後には大きな円形の鏡があります。

イギリスの画家ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスが描いた『オデュッセウスに杯を差し出すキルケ』(1891年、オールダム美術館所蔵)。
優雅で神秘的な光景ですが、女性が差し出しているのは普通のお酒ではありません。
その杯には、人間を豚に変えてしまう魔法の薬が入っているのです。
男たちを豚に変えた魔女キルケ
この絵の女性は、ギリシャ神話に登場する魔女キルケ。
ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』に登場する人物です。
トロイア戦争を終え、故郷を目指して航海していた英雄オデュッセウスは、仲間たちとともにアイアイエー島へたどり着きます。
そこで仲間たちはキルケの館を訪れ、彼女が差し出した飲み物を口にしました。
しかし、その飲み物には魔法の薬が混ぜられていました。
キルケが杖を振るうと、男たちは次々と豚の姿に変えられてしまったのです。
絵の足元にいる豚は、魔法をかけられたオデュッセウスの仲間たちを表しています。
鏡の中に隠された英雄
この作品には、巧妙な仕掛けがあります。
キルケの背後にある大きな鏡をよく見ると、右側に一人の男性が映っています。
これが英雄オデュッセウスです。
つまり、私たちが絵を眺めている位置は、キルケと向き合うオデュッセウスの立ち位置なのです。
彼女は鑑賞者に向かって杯を差し出し、まるで魔法をかけようとしているかのようです。
美しい女性の誘惑を、見る者自身が体験する構図になっています。

魔女の魔法は成功したのか
実は、オデュッセウスはキルケの魔法にかかりませんでした。
神ヘルメスから魔法を防ぐ薬草「モリュ」を授かっていたためです。
キルケの薬を飲んでも豚にはならず、逆に彼女に迫って仲間たちを元の姿へ戻させます。
ウォーターハウスは、その結末を知る私たちに、魔法の杯が差し出される瞬間を描きました。
キルケは自信に満ちた表情で玉座に座っています。
しかし、彼女の魔法は間もなく破られるのです。
美しい魔女が差し出す一杯。その誘惑を前に、あなたなら杯を受け取るでしょうか。
(文:Indiebase編集部)
