Indiebase編集部です。
夕日に照らされ、燃えるような赤色に染まった葡萄畑。
畑では人々が収穫作業を続け、黄色い太陽が地平線に沈もうとしています。
フィンセント・ファン・ゴッホが描いた『赤い葡萄畑』(1888年、プーシキン美術館所蔵)。
この作品には、ゴッホの生涯を語るうえで欠かせない有名な逸話があります。
「ゴッホが生前に売ることのできた、唯一の絵」だというものです。
しかし、実はこの話、完全に正しいわけではありません。
生前に売れた唯一の絵という伝説
1890年2月、ベルギーのブリュッセルで開かれた展覧会に『赤い葡萄畑』が出品されました。
作品を購入したのは、ベルギーの画家アンナ・ボック。

『アトリエのアンナ・ボック』(テオ・ヴァン・ライセルベルヒ)
価格は400フランでした。
ゴッホが亡くなる約5か月前のことです。
長い間、この作品は「ゴッホが生前に売れた唯一の絵」として紹介されてきました。
しかし、現在ではほかにも作品を販売していたことがわかっています。
正確には、購入者や取引の経緯が明確に記録された、ゴッホの代表的な売却作品なのです。
なぜ葡萄畑は真っ赤なのか

この絵が描かれたのは、1888年11月の南フランス・アルル。
ゴッホは画家ポール・ゴーギャンとの共同生活を始めたばかりでした。
ある日、二人は葡萄畑を散歩します。
ゴッホは弟テオへの手紙で、葡萄畑が赤ワインのように真っ赤に見えたことを興奮気味に伝えています。
画面には赤や黄色、緑、紫が大胆に使われ、夕日の光が畑全体を包み込んでいます。
これは単に葡萄畑を写実的に描いたものではありません。
ゴッホが目にした色彩の感動を、そのまま画面にぶつけたような作品です。
ゴッホが亡くなる5か月前の小さな成功
『赤い葡萄畑』が売れた1890年、ゴッホはすでに精神的な不調に苦しんでいました。
同年7月、37歳でその生涯を閉じます。
現在、ゴッホの作品は世界中の美術館で大切に展示され、美術史を代表する名画として知られています。
しかし、生前の彼が得られた評価は限られたものでした。
そんな中で、アンナ・ボックが作品を購入したことには大きな意味があります。
少なくとも一人の画家が、ゴッホの色彩と表現に価値を見いだしたのです。
燃えるような赤い葡萄畑は、ゴッホが生きている間に認められた、数少ない成功の証でもありました。
(文:Indiebase編集部)
