Indiebase編集部です。
『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』の大ヒットで、強烈な存在感を放ったセイレーン。実はSNSでは以前から「元ネタでは?」と噂されている1枚の絵があります。フランスの画家ギュスターヴ=アドルフ・モッサが1905年に描いた「飽食のセイレーン」です。


「飽食のセイレーン」(La Sirène repue)
「食べ終わった後」を描いた絵
セイレーンといえば、美しい歌声で船乗りを惑わせるギリシャ神話の怪物。ウォーターハウスをはじめ多くの画家が「誘惑する場面」を描いてきましたが、モッサが選んだのは食後でした。タイトルの「repue」は「満腹の」という意味。あどけない顔をしたセイレーンが、口元を血に染めて水没しかけた都市を見下ろすように立っています。惨劇の張本人が、少女のような無垢な顔でぽつんと佇んでいる。このギャップこそが、この絵の一番の毒です。ちいかわのセイレーンと重ねられるのも、まさにこの「かわいい顔で人を食べる」という一点でしょう。

描いたのは「最後の象徴主義者」
モッサは南仏ニース生まれ。ニース美術館の初代館長を務めた画家の父を持ち、自身ものちに同館の館長を約45年間務めた人物です。ただし彼が奇怪な絵を描いていたのは、20代のごく短い期間だけでした。1903年頃からの数年間、サロメ、デリラ、ヘレネといった「男を破滅させる女=ファム・ファタル」を執拗に描き続け、代表作「彼女」(1906年)では、男たちの死体の山の上に座る巨大な女を描いています。「飽食のセイレーン」もこの時期の1枚。世紀末象徴主義の最後の世代として、「最後の象徴主義者」とも呼ばれています。

ギュスターヴ=アドルフ・モッサ

死後に発見された作品群
意外なことに、これらの作品は生前ほとんど世に出ていません。モッサはある時期を境に象徴主義的な作風を捨て、その後は郷里ニースの風景画やカーニバルのポスター制作に生きました。あの毒々しい作品群が本格的に再評価されたのは、1971年に彼が亡くなった後のことです。美術館長として穏やかに生涯を終えた人物の若き日の引き出しから、あんな絵がまとめて出てきたわけですから、なかなかの衝撃だったはずです。
で、本当に元ネタなの?
肝心のちいかわとの関係ですが、これはあくまでファンの間の噂です。作者のナガノ氏は公式インタビューで、セイレーンの頭部のモデルは郷土玩具の「犬張子」、下半身は金魚だと明かしています。公式の元ネタではありません。ただ、120年前のフランスにも「かわいい顔で人を食べる存在」を描いた画家がいた、というのは知っておくと面白い話だと思います。
「飽食のセイレーン」は現在、モッサが館長を務めたニース美術館が所蔵しています。
(文:Indiebase編集部)
