Indiebase編集部です。
白い寝台の上で、身を縮める一人の少女。
その目の前には、白い衣をまとった天使が立ち、一本のユリを差し出しています。
少女の表情に浮かんでいるのは、喜びではなく戸惑いと恐怖です。

イギリスの画家ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティが描いた『受胎告知』(1850年、ロンドン・テート所蔵)。
神の子を宿すという奇跡の知らせを、ロセッティは少女が恐怖を感じる瞬間として描いたのです。
天使の訪問に怯える聖母マリア
キリスト教の「受胎告知」は、天使ガブリエルが聖母マリアに、イエス・キリストを身ごもることを告げる場面です。
伝統的な宗教画では、マリアは祈りを捧げながら、静かに天使の言葉を受け入れる姿で描かれてきました。
しかし、ロセッティのマリアは違います。
寝台の上で体を引き、突然現れた天使を不安そうに見つめています。
天使にも大きな翼はなく、足元には小さな炎が揺らめいています。
もし自分の部屋に突然天使が現れたら、驚き、恐れるのではないか。
ロセッティは聖母を神聖な存在としてだけでなく、一人の若い女性として描きました。
白い部屋に隠された色の意味

この絵で印象的なのは、画面の大部分を占める白色です。
壁も寝台も衣服も白く、マリアの純潔を象徴しています。
天使が差し出す白いユリも、純潔を表す伝統的なモチーフです。
一方、背後の青い布は聖母マリアを象徴する色。
画面右側の赤い布は、やがて十字架で流されるキリストの血を暗示しています。
静かな部屋の中に、イエスの誕生から死までの運命が隠されているのです。
聖母マリアのモデルは画家の妹だった
この絵のマリアには、ロセッティの妹クリスティーナがモデルとして参加しました。
クリスティーナは後に、イギリスを代表する詩人の一人となる人物です。
また、天使ガブリエルのモデルには弟ウィリアムらが参加しました。
ロセッティは1848年に結成された「ラファエル前派」の中心人物。
当時の美術の慣習に挑み、宗教画にも新しい表現を持ち込もうとしていました。
1850年に発表されたこの作品は、批評家たちから厳しい評価を受けます。
しかし、伝統的な聖母像を覆した大胆な表現は、現在ではラファエル前派を代表する作品として知られています。
奇跡を告げられた瞬間、マリアは聖母である前に、驚き、怯える一人の少女だった。
ロセッティは、その人間らしい感情を描いたのです。
(文:Indiebase編集部)
