Indiebase編集部です。
牛の頭と人間の体を持つ巨大な怪物が、石造りの壁に肘をつき、遠くの海を見つめています。
その姿は恐ろしい一方、どこか物思いにふけっているようにも見えます。しかし、怪物の左手に注目すると、小さな鳥が握りつぶされています。
イギリスの画家ジョージ・フレデリック・ワッツが描いた『ミノタウロス』(1885年、テート・ブリテン所蔵)は、ギリシャ神話の怪物を題材にした作品です。
実はこの絵には、19世紀ロンドンで社会問題となっていた児童売春への強い怒りが込められています。
若者を生贄にしたギリシャ神話の怪物
ミノタウロスは、ギリシャ神話に登場する牛頭人身の怪物です。
クレタ島の王ミノスによって巨大な迷宮ラビュリントスに閉じ込められ、アテナイから送られてくる若者たちを餌食にしていました。
伝説によれば、アテナイは7人の少年と7人の少女を生贄としてクレタ島へ送らなければなりませんでした。
やがて英雄テセウスが迷宮に入り、ミノタウロスを退治します。
ワッツが描いたのは、怪物が海の向こうから運ばれてくる犠牲者を待ち受ける姿です。
握りつぶされた小鳥が意味するもの
1885年、イギリスのジャーナリスト、W・T・ステッドは、ロンドンで行われていた児童売春の実態を暴く記事を発表しました。
記事の題名は『現代バビロンの少女たちの貢物』。貧しい少女たちが性的搾取の対象となっている現実を告発するものでした。
ワッツはこの記事に衝撃を受け、『ミノタウロス』を制作したと伝えられています。
怪物が手の中で握りつぶしている小鳥は、無垢で弱い子どもたちを象徴しています。
そして、生贄を待ち望むミノタウロスは、子どもを犠牲にして欲望を満たす大人たちの姿に重ねられています。

神話の怪物を通して描いた人間の残酷さ
ワッツは、19世紀イギリスで活躍した画家で、人間の欲望や社会の問題を寓意的に表現する作品を数多く残しました。
『ミノタウロス』でも、怪物が人間を襲う瞬間ではなく、静かに海を見つめる姿を描いています。
巨大な筋肉を持つ怪物の手には、すでに命を奪われた小鳥が握られています。
ワッツが告発したのは、神話の怪物ではなく、現実の社会で弱い者を犠牲にする人間の残酷さでした。
(文:Indiebase編集部)
