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レーピン『皇女ソフィア』とは?弟ピョートル大帝に幽閉された皇女と、窓の外の恐ろしい光景

Indiebase編集部です。

薄暗い部屋の中央に立つ、一人の女性。豪華な白い衣装をまとい、両腕を固く組んで、こちらを鋭くにらみつけています。

その背後には怯えたような修道女。そして、右側の窓の外には、何やら不気味な人影が見えます。

ロシアの画家イリヤ・レーピンが1879年に描いた『皇女ソフィア』。ロシア皇帝ピョートル大帝の異母姉であり、かつて国家の実権を握った女性の姿を描いた歴史画です。

彼女はなぜ、このような場所に閉じ込められているのでしょうか。

ロシアを支配した皇女と、弟ピョートル大帝の対立

ソフィア・アレクセーエヴナは、17世紀のロシアに生まれた皇女です。

1682年、皇位継承をめぐる混乱のなか、幼い異母弟ピョートルと同母弟イヴァンが共同皇帝となり、ソフィアは摂政として政治の実権を握りました。

当時、皇族の女性が表舞台で政治を動かすことは珍しく、ソフィアは約7年間にわたってロシアを統治します。

しかし、成長したピョートルとの権力争いが激化。1689年、ソフィアは政治的に敗北し、モスクワのノヴォデヴィチ修道院に事実上幽閉されました。

その後、ピョートルはロシアの近代化を進め、後に「ピョートル大帝」と呼ばれることになります。

窓の外に見えるのは、処刑された反乱兵

この絵が描いているのは、1698年に起きた銃兵隊(ストレリツィ)の反乱が鎮圧された後のソフィアです。

銃兵隊はかつてソフィアを支えた軍事勢力でしたが、ピョートル政権に対する反乱を起こし、厳しい処罰を受けました。

レーピンの絵をよく見ると、右側の窓の外に、吊るされた人影が見えます。

これは処刑された銃兵を表しています。

窓の外でかつての支持者が処刑される一方、ソフィアは何もできず、部屋に閉じ込められているのです。

なお、反乱にソフィア自身がどこまで関与していたのかについては、歴史的に議論があります。

怒りに満ちた表情は、レーピンが生み出した歴史画

レーピンはこの作品で、ソフィアを悲しみに暮れる女性としては描きませんでした。

両腕を組み、足を踏ん張り、真正面をにらむ姿からは、権力を奪われてもなお屈服しない強烈な意志が感じられます。

正式な作品名は非常に長く、「1698年、銃兵隊の処刑と従者たちへの拷問の後、ノヴォデヴィチ修道院に幽閉されていた皇女ソフィア・アレクセーエヴナ」という内容です。

レーピンは歴史上の出来事を題材にしながら、敗北した権力者の怒りや絶望を一人の女性の表情に凝縮しました。

ソフィアは1704年、修道院で生涯を終えています。

『皇女ソフィア』は現在、ロシア・モスクワのトレチャコフ美術館に所蔵されています。

(文:Indiebase編集部)


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