Indiebase編集部です。
真っ暗な川辺に横たわる、全裸の若い男性。その傍らには、一人の女性が座り、天を見上げています。足元には頭蓋骨や白骨が散乱し、周囲には不気味な赤い岩が並んでいます。
フィンランドの画家アクセリ・ガッレン=カッレラが1897年に描いた『レンミンカイネンの母』。フィンランドの民族叙事詩『カレワラ』に登場する、母親と息子の物語を題材にした作品です。
実は、横たわる男性はすでに死んでいます。そして母親は、息子を生き返らせようとしているのです。
バラバラにされた息子を、母親が川から拾い集めた
レンミンカイネンは、『カレワラ』に登場する勇敢で好色な英雄です。
彼は北方の国ポホヨラの娘を妻に迎えるため、さまざまな試練に挑みます。その一つが、死者の国トゥオネラを流れる川にいる白鳥を射ることでした。
しかし、レンミンカイネンは川辺で待ち伏せしていた男に殺され、遺体は川に投げ込まれます。
さらに、死者の国の川で遺体は切り刻まれ、バラバラになってしまいました。
息子の帰りを待っていた母親は、不吉な兆候から異変を察知します。
やがて息子の死を知ると、母親は死者の国へ向かい、巨大な熊手を使って川底から遺体の断片を拾い集めました。
そして、息子の体をつなぎ合わせ、神々の助けを借りながら蘇生を試みるのです。
母親が見上げる空には、何があるのか?

絵の中央で横たわるレンミンカイネンの体には、ほとんど血の気がありません。
母親は息子の胸に手を添えながら、祈るように空を見上げています。
『カレワラ』では、母親が蜂に命じて天上から特別な蜜を運ばせ、その力で息子を蘇らせます。
この絵の母親も、天からの助けを待っている場面と解釈されています。
画面左上には、一羽の白鳥が浮かんでいます。これは、レンミンカイネンが射ようとした死者の国の白鳥を思わせます。
足元の頭蓋骨や骨は死の世界を強調し、黒い水と赤い岩が、現実離れした不気味な空間を生み出しています。
フィンランド独立前夜に描かれた、民族の神話
ガッレン=カッレラがこの作品を描いた1897年、フィンランドはロシア帝国の支配下にありました。
当時、フィンランドでは独自の言語や文化、歴史を重視する民族意識が高まっていました。
その象徴の一つが、民間伝承を集めて編纂された叙事詩『カレワラ』です。
ガッレン=カッレラは『カレワラ』を題材とした作品を数多く制作し、フィンランドの国民的画家として知られるようになります。
なお、神話では母親の願いがかなえられ、レンミンカイネンは再び命を取り戻します。
この絵が描いているのは、奇跡が起こる直前の、母親が息子の生還を願う瞬間なのです。
『レンミンカイネンの母』は現在、フィンランド・ヘルシンキのアテネウム美術館に所蔵されています。
(文:Indiebase編集部)
