Indiebase編集部です。
誰もいない石畳の街を、一頭の白馬が歩いています。その背中に乗っているのは、衣服を一切身につけていない女性。長い髪で胸元を隠し、恥じらうように顔を伏せています。
イギリスの画家ジョン・コリアーが1897年に描いた『ゴダイヴァ夫人』。11世紀のイングランドに実在した貴婦人の伝説を題材にした作品です。
なぜ彼女は裸で馬に乗り、街を歩いているのでしょうか。
「裸で街を歩けば税を下げよう」夫が突きつけた条件
ゴダイヴァ夫人は、11世紀のイングランドに実在した貴族女性です。夫はマーシア伯レオフリック。
伝説によると、レオフリックはコヴェントリーの領民に重い税を課していました。
人々の苦しみを見かねた夫人は、夫に減税を懇願します。しかし、夫はなかなか聞き入れません。
そして、ついにこう告げたといいます。
「裸で馬に乗って街を通り抜けたら、願いを聞き入れよう」
到底実行できないと思って出した条件でした。しかし、夫人は本当に衣服を脱ぎ、馬に乗って街へ出たのです。
住民たちは彼女の勇気に敬意を表し、窓や扉を閉めて姿を見ないようにしました。
こうして夫人は街を通り抜け、夫は約束どおり税を軽減したと伝えられています。
誰もいない街と「のぞき見のトム」の伝説

コリアーの作品で印象的なのは、裸の女性だけでなく、周囲の静けさです。
石造りの建物が並ぶ街には、人影がありません。女性の白い肌と、馬を覆う鮮やかな赤い布が強い対比を生んでいます。
また、この物語には「のぞき見のトム(Peeping Tom)」という人物も登場します。
住民たちが窓を閉めるなか、トムだけが夫人の姿を盗み見て、その罰として失明したという伝説です。
現在の英語でも「Peeping Tom」は、のぞき見をする人物を意味する表現として使われています。
ただし、ゴダイヴァ夫人が裸で街を歩いたという逸話は、彼女の死から100年以上後の13世紀に文献へ登場したものです。実際に起きた出来事かどうかは確認されておらず、トムの逸話も後世に加わったものです。
チョコレート「ゴディバ」の名前も、この女性が由来
実は、ベルギー発祥の高級チョコレートブランド「GODIVA(ゴディバ)」の名前も、ゴダイヴァ夫人に由来します。
1926年にベルギーで創業したドラップス家のチョコレート事業は、1945年に「ゴディバ」の第1号店を開きました。
創業家は、領民のために行動した夫人の勇気と深い愛に感銘を受け、その名前をブランドに採用したのです。
ブランドのロゴに描かれている、長い髪の女性が馬に乗る姿も、ゴダイヴァ夫人の伝説を表しています。


ジョン・コリアーの『ゴダイヴァ夫人』は、現在イギリスのコヴェントリーにあるハーバート美術館・博物館に所蔵されています。
(文:Indiebase編集部)
