Indiebase編集部です。
中世ヨーロッパを思わせる街並み。その上空を、巨大な黒い怪物が飛び抜けていきます。
怪物の背中には、鎌を振りかざす不気味な死神。青白い顔をしたその姿は、まるで街に死をばらまいているかのようです。
道には人々が倒れ、逃げ惑う者たちの姿も見えます。
スイスの画家アルノルト・ベックリンが描いた『ペスト』(1898年、スイス・バーゼル美術館所蔵)。
この恐ろしい絵には、感染症によって家族を失った画家自身の悲しい過去が重なっています。
ヨーロッパを襲った「黒死病」
14世紀、ヨーロッパではペストが大流行しました。
「黒死病」と呼ばれたこの感染症は、数年間で数千万人もの命を奪ったと推定されています。
当時は病原菌の存在も知られておらず、人々はなぜ病気が広がるのか理解できませんでした。
昨日まで元気だった人が突然倒れ、家族や隣人が次々と亡くなっていく。
ベックリンは、そんな目に見えない恐怖を、翼を持つ巨大な怪物と死神の姿に置き換えました。
実は「コレラ」から生まれた怪物だった
この怪物には、意外な誕生秘話があります。
ベックリンが最初にこの姿を考えたのは1876年。当初はペストではなく、コレラを題材にした構想でした。
しかし、その作品は完成せず、約20年後の1898年に『ペスト』として描かれます。
実は、ベックリン自身も感染症によって深い悲しみを経験していました。
1854年、最初の息子をコレラで亡くし、1858年には別の息子を腸チフスで失っていたのです。
ベックリン自身も、コレラや腸チフスで命を脅かされた経験がありました。
彼にとって疫病は、遠い昔の出来事ではありません。
大切な家族を奪い、自分自身の命さえ脅かした、現実の恐怖だったのです。
コロナ禍で再び注目された「疫病の絵」

それから120年以上が過ぎた2020年。
新型コロナウイルスの世界的な感染拡大によって、人々は再び目に見えない病気の恐怖に直面します。
この時期、『ペスト』も感染症の恐ろしさを伝える絵画として、改めて紹介されました。
ベックリンは代表作『死の島』でも、死をテーマにした幻想的な世界を描いています。
しかし、『ペスト』の死は静かに訪れるものではありません。
巨大な怪物に乗り、街を駆け抜け、逃げ惑う人々に襲いかかります。
14世紀の黒死病、19世紀のコレラ、そして21世紀の新型コロナウイルス。
時代も病気も違いますが、目に見えない脅威に怯える人間の姿は変わりません。
感染症によって2人の息子を失ったベックリン。
彼が描いた死神は、100年以上が過ぎた現代にも、恐ろしいほどの存在感を放っています。
(文:Indiebase編集部)
