Indiebase編集部です。
暗闇の中、何人もの男女が眠っています。
しかし、画面中央の男だけは目を見開き、恐怖に顔をゆがめています。
その股の間には、黒い布をまとった不気味な存在がうずくまっています。

スイスの画家フェルディナント・ホドラーが描いた『夜』(1889〜1890年、ベルン美術館所蔵)。
実は中央の男は、画家ホドラー自身。そして彼を襲っているのは「死」の化身なのです。
眠る自分に、死がのしかかる
中央の男は上半身を起こし、目の前の黒い存在を見つめています。
その表情には、はっきりとした恐怖が浮かんでいます。
ホドラーは幼い頃から、死を身近に経験してきました。
父親を結核で亡くし、母親や兄弟姉妹も次々と病気で失っています。
若くして家族の多くを失った画家にとって、死は遠い世界の出来事ではありませんでした。
眠っている間にも、死は突然やってくる。
中央の黒い存在は、そんなホドラーの恐怖を象徴しています。
周囲の男女は、なぜ眠り続けているのか

画面には、中央の男を囲むように複数の男女が横たわっています。
彼らは互いに寄り添い、あるいは背を向けながら、深い眠りについています。
中央で恐怖に襲われる男とは対照的に、誰も異変に気づいていません。
この構図には、ホドラーが追求した「パラレリズム(平行主義)」の考え方が表れています。
似た姿勢や動作を繰り返すことで、人間に共通する運命を表現する手法です。
誰もが眠り、誰もが死を迎える。
しかし、その瞬間の恐怖は一人で向き合わなければならないのです。
発表当時は、わいせつだと批判された
1891年、ホドラーはこの作品をジュネーヴで発表しました。
ところが、男女の裸体が大胆に描かれていたため、作品は大きな騒動を巻き起こします。
当局によって展示が問題視され、公開が制限される事態となりました。
一方で、この作品はその後、ホドラーの名を広める重要な転機となります。
死への恐怖という普遍的なテーマを、従来の絵画とは異なる大胆な構図で表現したからです。
眠っている自分の前に、死が現れる。
『夜』は、画家が生涯抱え続けた死への恐怖を描いた、忘れがたい一枚です。
(文:Indiebase編集部)
