Indiebase編集部です。
暗闇の中、水面をじっと見つめる一人の青年。
水には、彼とまったく同じ顔が映っています。
しかし、青年はそこから目を離すことができません。
イタリアの画家カラヴァッジョが描いたとされる『ナルキッソス』(1597〜1599年頃、ローマのバルベリーニ宮国立古典美術館所蔵)。
この絵には、自分自身の姿に恋をしてしまった青年の悲劇が描かれています。
水面に映った自分に恋をした青年
ナルキッソスは、ギリシャ神話に登場する美しい青年です。
多くの人から愛されながらも、その思いを受け入れようとはしませんでした。
彼に恋をした妖精エコーも、拒絶された一人です。
やがてナルキッソスは、泉の水面に映る美しい姿を見つけます。
それが自分自身だと気づかないまま、映った姿に恋をしてしまうのです。
しかし、どれほど手を伸ばしても、その相手に触れることはできません。
青年は水面から離れられなくなり、ついには命を落としてしまいます。
その死にまつわる花が、スイセンです。
暗闇の中に浮かぶ、二人のナルキッソス

この作品には、背景となる森や泉の風景がほとんど描かれていません。
あるのは、深い闇と、水面に向かって身を乗り出す青年だけ。
上半分には本物のナルキッソス。
下半分には、水に映ったもう一人のナルキッソス。
二つの姿が向かい合い、閉じた輪のような構図を作っています。
明るく照らされた膝が、二つの世界をつなぐ中心になっているのも特徴です。
彼が見つめているのは恋人ではなく、決して手に入らない自分自身なのです。
実はカラヴァッジョの作品ではない?
この絵には、美術史上の謎もあります。
『ナルキッソス』をカラヴァッジョの作品と判断したのは、美術史家ロベルト・ロンギでした。
1916年のことです。
しかし、制作当時の確実な記録が乏しく、作者については長く議論が続いてきました。
1995年の修復調査では、カラヴァッジョの制作方法と共通する特徴も確認され、本人の作品とする見方を支持する材料になっています。
それでも、すべての研究者が同じ結論に達しているわけではありません。
水面に映った姿は、本当に自分なのか。
その問いを投げかける絵自体にも、作者をめぐる謎が残されているのです。
(文:Indiebase編集部)
