誰もいない深夜のショッピングモール。蛍光灯だけが灯る地下通路。放課後の学校や、人気のないホテルの長い廊下。
見慣れた場所のはずなのに、人の姿が消えただけで、なぜか「ここにいてはいけない」ような気持ちになる。そんな不思議な空間を「リミナルスペース(Liminal Space)」と呼びます。
近年ではSNSを中心に、無人のホテルや学校、ショッピングモール、プールなどを撮影した写真が人気を集めています。さらに「The Backrooms(バックルーム)」や『8番出口』をはじめ、その感覚を取り入れたゲームも数多く登場しました。
怖いのに、どこか懐かしい。知らない場所なのに、以前ここに来たことがあるような気がする。
なぜリミナルスペースは、そんな奇妙な感覚を呼び起こすのでしょうか。
この記事では「リミナル」という言葉の意味から、代表的な場所、Backroomsとの違い、そして実際にその空間を歩けるゲームまで紹介します。
リミナルスペースとは?
リミナルスペース(Liminal Space)は、日本語では「境界の空間」「過渡的な空間」などと訳されます。
現在インターネット上でリミナルスペースと呼ばれているのは、誰もいない廊下やホテル、学校、ショッピングモール、地下通路など、日常的でありながら、どこか現実から切り離されたように感じられる空間です。
たとえば、昼間は大勢の人で賑わっているショッピングモール。
閉店後に照明だけが残り、客も店員もいなくなった光景を見ると、同じ場所とは思えないほど印象が変わります。
建物はいつもと同じ。照明もついている。それなのに、人だけがいない。
「知っている場所のはずなのに、何かがおかしい」。
この微妙な違和感が、現在リミナルスペースと呼ばれる空間の大きな特徴です。

「リミナル」とはどういう意味?
「liminal」という言葉は、ラテン語で「敷居」を意味する「limen」に由来します。
もともと「リミナリティ(liminality)」は、ある状態から別の状態へ移る途中にある「境界的な状態」を表す言葉として、人類学などで使われてきました。
空間に置き換えてみると分かりやすいでしょう。
廊下は部屋から部屋へ移動する場所。
駅は出発地から目的地へ向かう途中にある場所。
ホテルのロビーや空港の待合室も、多くの場合、そこに居続けること自体が目的ではありません。
つまり、どこかへ向かう「途中」にある場所です。
普段なら数分で通り過ぎるはずの廊下に、もし何時間も取り残されたら。
目的地へ向かうための地下通路を、歩いても歩いても抜けられなかったら。
いつもは意識することさえない「途中の場所」が、突然それ自体でひとつの世界のように感じられてきます。
リミナルスペースを題材にしたゲームで、廊下や地下通路、ホテル、駅といった場所が頻繁に登場するのも偶然ではありません。
リミナルスペースはなぜ怖いのか?
リミナルスペースの写真には、幽霊も怪物も映っていないことがほとんどです。
血まみれの壁があるわけでもありません。
それでも、怖い。
その理由のひとつは「本来そこにあるはずのものがない」という違和感にあります。
学校なら生徒がいる。駅なら乗客がいる。ショッピングモールなら買い物客がいる。
私たちは普段、意識していなくても、その場所に誰がいて、何が起きているのかをある程度予測しています。
ところが、リミナルスペースではその予測が外れます。
電気はついているのに、誰もいない。
施設はきれいなのに、営業している気配がない。
向こうまで続く廊下があるのに、誰も歩いてこない。
壊れているわけではないのに、何かが足りない。
この「ほとんど普通なのに、完全には普通ではない」という状態が、不安を生みます。
特に長い廊下や地下通路では、その先に何があるのか分からないことも恐怖を強めます。
何かが現れるから怖いのではなく、何も起こらないまま「この先には何かあるかもしれない」と考えてしまう。
リミナルスペースの怖さは、見る側の想像力によって完成する部分が大きいのです。
なぜ「怖いのに懐かしい」のか?
リミナルスペースの面白さは、恐怖だけではありません。
写真を見て「怖い」と感じる一方で、「懐かしい」「落ち着く」「ずっと眺めていたい」と感じる人もいます。
よく題材になる場所を思い浮かべてみると、その理由が少し見えてきます。
学校の廊下。
古いショッピングモール。
ゲームセンター。
ファミリーレストラン。
ホテル。
屋内プール。
子どもの頃から何度も目にしてきたような場所ばかりです。
さらに、リミナルスペースとして人気の画像には、少し古びた内装や蛍光灯、色褪せたカーペットなど、1990年代から2000年代を思わせる風景も少なくありません。
実際にその場所へ行った記憶はない。
それなのに、自分の過去のどこかにあった風景のように感じる。
自分の記憶と、写真の中の見知らぬ場所が曖昧に重なっていくことで、独特のノスタルジーが生まれます。
だからこそリミナルスペースは、単純なホラー写真とは少し違います。
怖いから離れたいのに、なぜかもう少し見ていたくなる。
その矛盾した感覚も、大きな魅力になっています。
リミナルスペースの代表的な実例
リミナルスペースは、特別な観光地や廃墟だけに存在するものではありません。
むしろ、普段の生活で目にする場所に現れます。
誰もいない学校
放課後や休日の学校は、昼間とはまったく違った場所に見えることがあります。
机も黒板も廊下もいつもと同じなのに、子どもたちの声だけがない。
学校という場所自体が多くの人の幼少期の記憶と結びついているため、リミナルスペース特有の懐かしさも感じやすい場所です。
閉店後のショッピングモール
昼間は人で溢れている巨大な商業施設も、閉店すると雰囲気が一変します。
無人のフードコート、止まったエスカレーター、シャッターの下りた店舗。
人間がいなくなることで、普段は意識しない建物そのものの巨大さが浮かび上がります。
ホテルの廊下
同じような扉と照明が延々と続くホテルの廊下も、リミナルスペースを代表する風景です。
自分の部屋へ移動するためだけの場所だからこそ、誰もいない廊下に長くいると妙な居心地の悪さを感じます。
地下通路
日本人にとって特に身近なのが地下通路です。
白い壁。蛍光灯。案内板。広告。
どこにでもある景色なのに、人がいなくなるだけで迷宮のように見えてきます。
この感覚をゲームとして強烈に印象づけた作品が『8番出口』でした。

屋内プール
水が張られているのに、誰も泳いでいないプール。
水面に反射する人工照明や、タイル、広い室内に響く水音には、ほかのリミナルスペースとは少し違った不思議さがあります。
こうした空間を極端に押し広げたものは「Poolrooms」と呼ばれることもあり、ゲーム『POOLS』などでも印象的に描かれています。

地下駐車場
同じ柱と駐車区画が並ぶ地下駐車場も、リミナルスペースと相性のいい場所です。
普段は車や人が行き交っているため気になりませんが、完全に無人になると、どこまで歩いても同じ景色が続く巨大な迷路のように見えてきます。
廃墟とリミナルスペースは何が違う?
廃墟とリミナルスペースは似ていますが、意味は少し違います。
廃墟は、かつて使われていた建物や施設が役割を終え、放棄された場所です。
一方、リミナルスペースは現役の施設でも成立します。
終電後の駅。
閉店後のスーパー。
休日の学校。
深夜のホテル。
翌朝になれば、また普通に人が戻ってくる場所でも構いません。
重要なのは建物が古いか新しいかではなく、「いつもの場所から、いつもの人や活動だけが抜け落ちている」という感覚です。
もちろん両者が重なることもあります。
廃墟になったショッピングモールやホテルには、人の痕跡だけが残されているため、強いリミナルスペース的な感覚を覚えることがあります。
Backrooms(バックルーム)とは何が違う?
リミナルスペースについて調べていると、必ずといっていいほど目にするのが「The Backrooms(バックルーム)」です。

黄色い壁紙。古びたカーペット。蛍光灯。そして、どこまで歩いても終わらない部屋。
Backroomsは、こうした無限空間へ現実世界から迷い込んでしまうというインターネット発の創作ホラーです。
リミナルスペースとBackroomsは密接に結びついていますが、同じものではありません。
リミナルスペースは、見慣れた空間に感じる不気味さや懐かしさを含んだ、より広い美学や感覚です。
Backroomsは、そうした空間のイメージから発展した創作世界のひとつです。
現在ではさまざまな「Level」や怪異の設定が作られ、ゲームや映像作品にも広がっています。
リミナルスペースの写真を見て「この場所から永遠に出られなかったら?」と想像したとき、その想像をひとつの巨大な世界へ発展させたものがBackroomsだと考えると分かりやすいでしょう。
▶ バックルーム系ゲームおすすめ10選|無限に続く異空間から脱出せよ
『8番出口』とリミナルスペース
日本でリミナルスペース的なゲームを一気に身近なものにした作品が『8番出口』です。
舞台は、どこにでもありそうな地下通路。
プレイヤーは同じような通路を何度も歩きながら、いつもと違う「異変」がないかを確認し、8番出口を目指します。
面白いのは、舞台そのものにはほとんど特別なものがないことです。
地下通路も、案内板も、広告も、日常で目にするものばかり。
ところが同じ場所を何度も歩いているうちに、最初は普通だった景色まで怪しく見えてきます。
「あのポスターは最初からあっただろうか」
「この扉はさっきも開いていただろうか」
「向こうから歩いてくる人は、本当に普通の人なのか」
何も起きていない瞬間まで疑い始めてしまう。
日常と異常の境界が少しずつ曖昧になるところに、『8番出口』ならではの怖さがあります。
その後、同じようにループする空間から異変を見つけるゲームが数多く登場し、日本では「8番出口ライク」「異変探し」と呼ばれるひとつのジャンルとして定着していきました。
▶ 8番出口ライクおすすめ10選|異変探しが面白いゲームを厳選
リミナルスペースを体験できるゲーム
写真や映像とリミナルスペースの相性は抜群ですが、この感覚を最も直接的に体験できるメディアはゲームかもしれません。
写真なら外から眺めるだけだった空間に、自分で入っていけるからです。
『8番出口』

無限に続く地下通路を歩きながら異変を見つけ、8番出口を目指す作品。
日本人なら誰もが見覚えのあるような地下通路を舞台にしたことで、「知っている場所なのに何かがおかしい」というリミナルスペースの感覚を見事にゲームへ落とし込んでいます。
▶ Steamストアページ
『POOLS』

プールや浴場を思わせる巨大な空間をひたすら歩いていく探索ゲームです。
銃を持って敵と戦うわけではありません。
人のいないプール、水音、反響、先の見えない通路。
空間そのものがプレイヤーを不安にさせます。
▶ Steamストアページ
『Anemoiapolis』

ホテルやオフィス、プール、商業施設などを思わせる巨大な無人空間を探索するアドベンチャー。
インターネットで見ていたリミナルスペースの写真の中へ、そのまま入り込んだような感覚を味わえる作品です。
▶ Steamストアページ
『Escape the Backrooms』

The Backroomsの世界を探索する人気ホラーゲームです。
黄色い部屋だけではなく、さまざまな特徴を持った空間を進みながら脱出を目指します。
リミナルスペースの静かな不気味さに、Backrooms独自の怪異やサバイバル要素を加えた作品です。
このほかにも、誰もいない空間を歩くこと自体を楽しめる作品は数多く登場しています。
▶ Steamストアページ
▶ リミナルスペースゲームおすすめ10選。誰もいない空間の「怖さと美しさ」を体験する異界探索インディー
リミナルスペースから広がる奇妙なゲームの世界
リミナルスペースが好きな人には、近い感覚を味わえるゲームがほかにもあります。
無限に続く異空間へ迷い込みたいならBackrooms。
日常の中に潜む小さな違和感を見つけたいなら8番出口ライク。
人がいなくなった建物を歩く感覚が好きなら廃墟探索。
現実では説明できない怪異や異常存在そのものに興味があるならSCP。
それぞれ成り立ちは違いますが、「見慣れた世界のすぐ隣に、別の世界があるかもしれない」という感覚ではどこかつながっています。
▶ バックルーム系ゲームおすすめ10選|無限に続く異空間から脱出せよ
▶ 8番出口ライクおすすめ10選|異変探しが面白いゲームを厳選
▶ SCP財団とは?おすすめSCPゲーム10選|世界中で広がる怪異創作の世界を解説
▶ 廃墟探索ゲームおすすめ10選|朽ちた街や施設を歩く名作を厳選
よくある質問
リミナルスペースとは簡単に言うと何ですか?
「境界」や「途中」にある空間を意味する言葉です。
現在は、誰もいない学校やホテル、ショッピングモール、地下通路など、見慣れているのにどこか現実感がなく、不気味さや懐かしさを感じさせる場所について使われることが多くなっています。
リミナルスペースはなぜ怖いのですか?
人がいるはずなのに誰もいない、知っている場所なのに何かが違う、といった日常との小さなズレが不安につながります。
何か恐ろしいものが見えているというより、「何かが起こりそうなのに何も起こらない」ことが怖さを生んでいます。
リミナルスペースはなぜ懐かしく感じるのですか?
学校、ホテル、ゲームセンター、ショッピングモールなど、過去の記憶と結びつきやすい場所が多いことが理由のひとつです。
実際には訪れたことのない場所でも、自分が知っている風景とどこか似ていることで、既視感やノスタルジーを覚えることがあります。
リミナルスペースは実在しますか?
実在します。
特別な異世界を指す言葉ではありません。深夜の駅、閉店後のショッピングモール、休日の学校など、普段使われている場所でも、人のいない時間帯にはリミナルスペースのように感じられることがあります。
Backroomsとリミナルスペースは同じですか?
同じではありません。
リミナルスペースは空間に対して感じる不気味さや懐かしさを含んだ広い概念で、Backroomsはそうしたイメージと結びついて発展した創作ホラーです。
『8番出口』はリミナルスペースですか?
『8番出口』には、リミナルスペースと共通する要素が数多くあります。
人の少ない地下通路、繰り返される景色、どこにも到達できない感覚。そこへ「異変を探す」というルールを組み合わせたことで、日常的な空間そのものが恐怖の対象になっています。
まとめ
リミナルスペースという言葉を知らなくても、その感覚を経験したことがある人は多いはずです。
休日の学校に入ったとき。
終電間際の駅で、誰もいないホームに立ったとき。
ホテルの長い廊下を一人で歩いたとき。
いつもと同じ場所なのに、いつもとは違って見える瞬間があります。
リミナルスペースの面白さは、怪物や幽霊を必要としないところにあります。
人がいない。音がしない。時間が止まったように感じる。
それだけで、日常の風景は少しずつ異世界へ近づいていきます。
怖いのに懐かしい。早く抜け出したいのに、もう少し先まで歩いてみたい。
『8番出口』や『POOLS』をはじめとするゲームが惹きつけてやまないのも、そんなリミナルスペースの感覚を、画面の外から眺めるだけではなく自分の足で確かめられるからでしょう。
次に誰もいない廊下や地下通路を歩くことがあったら、いつもより少しだけ周囲を見てみてください。
何の変哲もなかったはずの場所が、一瞬だけ知らない場所に見えるかもしれません。
(文:Indiebase編集部)
※本記事で使用しているゲーム画面およびアートワークの著作権は、各開発元・配信元に帰属します。
