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映画『オデュッセイア』原作を徹底解説|あらすじ・登場人物・神々・怪物を初心者向けに紹介

Indiebase編集部です。

クリストファー・ノーラン監督の映画『オデュッセイア』が、2026年9月11日に日本公開されました。

マット・デイモン、トム・ホランド、アン・ハサウェイ、ゼンデイヤら豪華キャストが集結し、ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』を壮大なスケールで映像化した作品です。

ただ、映画を観る前に、

「そもそも『オデュッセイア』ってどんな話?」
「オデュッセウスって何者?」
「トロイア戦争とどうつながっているの?」
「アテナやポセイドンはなぜ出てくる?」

と疑問に思った人も多いのではないでしょうか。

『オデュッセイア』は約2800年前に成立したとされる物語だけに、登場人物や神々、怪物の名前も多く、何も知らずに触れると少し複雑です。

そこで今回は、原作であるホメロスの叙事詩『オデュッセイア』について、初心者にも分かりやすく解説します。

オデュッセウスがなぜ10年も故郷へ帰れなかったのか。旅の途中で出会うキュクロプス、キルケ、カリュプソ、セイレーンとは何者なのか。そして故郷で待つ妻ペネロペと息子テレマコスに何が起きていたのか。

映画を観る前の予習はもちろん、鑑賞後に「この人物は原作ではどういう存在だったのだろう?」と気になった人も、ぜひ参考にしてみてください。

※本記事では原作『オデュッセイア』の結末を含む内容を紹介しています。


『オデュッセイア』とは?

『ユリシーズの冒険』(アポロニオ・ディ・ジョヴァンニ)

『オデュッセイア』は、古代ギリシャで生まれた長編叙事詩です。

作者は伝統的に、古代ギリシャの詩人ホメロスとされています。成立したのは紀元前8世紀ごろと考えられており、約2800年にわたって読み継がれてきた西洋文学を代表する古典のひとつです。

ホメロスの作品として伝えられている有名な叙事詩には、『イリアス』と『オデュッセイア』があります。

この2作品の違いは、非常にシンプルです。

『イリアス』=トロイア戦争の物語
『オデュッセイア』=トロイア戦争が終わった後の帰還の物語

『イリアス』では英雄アキレウスを中心にトロイア戦争が描かれます。

一方、『オデュッセイア』の主人公はイタケ王オデュッセウス。10年間に及ぶ戦争を終えた彼が、妻と息子の待つ故郷へ帰るまでの冒険が描かれます。

つまり『オデュッセイア』は、壮大な戦争が「終わったところ」から始まる物語なのです。


3分でわかる『オデュッセイア』のあらすじ

主人公オデュッセウスは、ギリシャ西部にあるイタケ島の王です。

彼は10年間続いたトロイア戦争に参加し、最終的にギリシャ軍を勝利へ導いた「トロイアの木馬」の策を考えた知将として知られています。

戦争が終わり、オデュッセウスは仲間たちと故郷イタケへ帰ろうとします。

ところが、その帰り道は悲惨なものになります。

一つ目の巨人キュクロプス。人間を豚に変えるキルケ。船乗りを歌声で死へ誘うセイレーン。六つの頭を持つ怪物スキュラ。巨大な渦潮カリュブディス。

さらに海神ポセイドンの怒りまで買ってしまい、オデュッセウスは海をさまよい続けることになります。

やがて仲間は全員死亡。オデュッセウス自身もニンフのカリュプソが暮らす島に7年間留め置かれます。

一方、故郷イタケでは「オデュッセウスは死んだ」と考えられるようになっていました。妻ペネロペのもとには大勢の求婚者が押しかけ、宮殿に居座っています。幼かった息子テレマコスも青年へと成長し、父の消息を探す旅へ出ます。

そしてトロイアへ向かってから約20年。ついにオデュッセウスはイタケへ帰還します。しかし、すぐには王として名乗りません。物乞いに変装して宮殿へ潜入し、テレマコスらとともに求婚者たちを討ち、家族と王国を取り戻すのです。

これが『オデュッセイア』の大まかな物語です。


そもそもトロイア戦争とは?

『トロイアに入る木馬の行進』(ジョヴァンニ・ドメニコ・ティエポロ)

『オデュッセイア』を理解するために、トロイア戦争についても簡単に押さえておきましょう。

物語の発端となったのは、絶世の美女ヘレネです。ヘレネはスパルタ王メネラオスの妻でしたが、トロイアの王子パリスによってトロイアへ連れて行かれます。

妻を奪われたメネラオスは、兄であるミケーネ王アガメムノンに助けを求めます。こうしてアガメムノンを総大将としてギリシャ各地の王や英雄が集結。大軍でトロイアへ攻め込みました。その一人がオデュッセウスです。

しかしトロイアは強固な城壁に守られており、戦争は10年間続きました。

そこでギリシャ軍が使ったのが、有名な「トロイアの木馬」です。巨大な木馬の内部に兵士を隠し、軍隊そのものは撤退したように見せかける。トロイア側は木馬を戦利品として城内へ運び込みます。夜になると内部に潜んでいたギリシャ兵が姿を現し、城門を開放。ギリシャ軍が一気に攻め込み、ついにトロイアは陥落しました。

この木馬作戦を発案した人物として伝えられているのが、オデュッセウスです。

なお、有名なトロイアの木馬は『イリアス』本編では描かれていません。『オデュッセイア』などで言及され、後世のウェルギリウス『アエネイス』では詳しく描かれています。


オデュッセウスとは何者?

『オデュッセウスの頭部』

オデュッセウスはイタケの王であり、『オデュッセイア』の主人公です。父はラエルテス、妻はペネロペ、息子はテレマコス。

ギリシャ神話にはヘラクレスやアキレウスなど数多くの英雄が登場しますが、オデュッセウスには大きな特徴があります。それは、力ではなく「知恵」で戦う英雄であることです。

アキレウスが圧倒的な武力で敵を倒す英雄なら、オデュッセウスは策略、変装、嘘、話術を駆使して危機を切り抜ける英雄です。トロイアの木馬も、その象徴といえるでしょう。

しかし、完璧な人物ではありません。むしろ好奇心が強く、傲慢で、自分から余計な危険を招いてしまうこともあります。

その典型が、キュクロプスとの戦いです。知恵によって絶体絶命の危機から脱出したにもかかわらず、最後に自分の名前を明かしたことでポセイドンの怒りを買ってしまいます。

賢いのに失敗する。そこがオデュッセウスという英雄の人間らしいところでもあります。


なぜオデュッセウスは10年間も帰れなかった?

トロイア戦争自体が10年間。さらに故郷への帰還にも10年間。オデュッセウスは合計約20年間、イタケを離れていました。

では、帰り道で何が起きたのでしょうか。

1. キコネス人

トロイアを出発したオデュッセウス一行は、イスマロスの町を襲撃します。しかし反撃を受け、多くの仲間を失います。勝利した戦争の勢いそのままに略奪を続けた一行が、早くも大きな代償を払うことになります。

2. ロトパゴス

続いて遭遇するのが、ロトパゴスと呼ばれる人々です。彼らが食べているロートスの実を口にすると、故郷へ帰りたいという気持ちそのものを忘れてしまいます。実を食べた仲間たちは帰還を拒むようになり、オデュッセウスは彼らを無理やり船へ連れ戻します。

3. キュクロプス

一行は一つ目の巨人キュクロプスが暮らす土地へ上陸します。そこで出会ったポリュペモスによって洞窟へ閉じ込められ、仲間たちが次々と食べられてしまいます。オデュッセウスは知略によって脱出しますが、この出来事が後の長い苦難を招きます。

4. アイオロス

風を管理するアイオロスは、オデュッセウスに逆風を封じ込めた袋を渡します。故郷イタケが見えるところまで到達しますが、仲間たちは袋の中に宝が入っていると思い込み、オデュッセウスが眠っている間に開けてしまいます。すると猛烈な風が吹き出し、船は元の場所まで逆戻り。あと少しだった帰還が遠のいてしまいます。

5. ライストリュゴネス

次に一行を襲うのは、人喰いの巨人ライストリュゴネスです。彼らの攻撃によって船団は壊滅。12隻あった船のうち、オデュッセウスの船だけが生き残ります。

6. キルケ

アイアイエ島では、キルケによって仲間たちが豚へ変えられてしまいます。しかし神ヘルメスの助けを得たオデュッセウスは魔法を破り、仲間を人間の姿へ戻させます。その後キルケは敵ではなく協力者となり、一行は島で約1年間を過ごします。

7. 冥府

故郷へ帰る方法を知るため、オデュッセウスは生きたまま死者の世界へ向かいます。目的は、死んだ予言者テイレシアスに会うこと。ここでオデュッセウスは自分の母や、トロイア戦争を戦った英雄たちの霊とも再会します。

8. セイレーン

セイレーンは、美しい歌によって船乗りを誘惑し、死へ導く存在です。オデュッセウスは仲間の耳を蜜蝋で塞ぎ、自分だけは歌を聞くためマストに体を縛りつけます。歌に魅了された彼は縄を解くよう叫びますが、仲間たちは命令通りさらに強く縛り、危険な海域を突破します。

9. スキュラとカリュブディス

次に待つのは、二つの海の怪異です。片側には六つの頭を持つ怪物スキュラ。もう片側には船そのものを飲み込む巨大な渦潮カリュブディス。オデュッセウスはカリュブディスを避けるためスキュラ側を通り、仲間6人を失います。

10. ヘリオスの牛

太陽神ヘリオスが大切にしている牛には、絶対に手を出してはいけないと警告されていました。ところが食料が尽き、飢えに耐えられなくなった仲間たちは牛を殺して食べてしまいます。神罰によって船は沈没。ここで仲間たちは全員死亡し、オデュッセウスだけが生き残ります。

11. カリュプソ

一人になったオデュッセウスは、オギュギア島へ漂着します。そこに暮らしていたのがニンフのカリュプソです。彼女はオデュッセウスを愛し、7年間島に留めます。

12. パイエケス人

カリュプソの島を離れたオデュッセウスは、パイエケス人の土地へたどり着きます。彼らはオデュッセウスを歓待し、これまでの冒険を聞いたうえで、船を用意してイタケまで送り届けてくれます。

13. イタケへ帰還

ついにオデュッセウスは故郷へ帰ります。しかし、宮殿は大勢の求婚者に占拠されていました。そこでオデュッセウスは正体を隠し、物乞いに変装して宮殿へ潜入します。


キュクロプスとは?「誰でもない」の策略

『オデュッセウスがポリュペモスの目を潰す場面』(ペレグリーノ・ティバルディ)

『オデュッセイア』で最も有名なエピソードのひとつです。

キュクロプスは、一つ目の巨人族。オデュッセウスたちが遭遇するのが、海神ポセイドンの息子ポリュペモスです。

オデュッセウスたちはポリュペモスの洞窟へ入り込みますが、帰ってきた巨人によって閉じ込められてしまいます。入口は巨大な岩で塞がれ、仲間たちは次々と食べられていきます。

そこでオデュッセウスは策略を考えます。ポリュペモスに強い酒を飲ませ、名前を聞かれると、「私の名前は『誰でもない』だ」と答えます。巨人が酔って眠ったところで、オデュッセウスたちは焼いた杭を一つ目に突き刺します。

悲鳴を聞いた仲間のキュクロプスたちが、「誰にやられた?」と尋ねます。しかしポリュペモスは、「『誰でもない』が私を殺そうとしている!」と答えるしかありません。仲間たちは「誰にも襲われていないなら神の病だろう」と考えて立ち去ってしまいます。

翌朝、オデュッセウスたちは羊の腹の下にしがみつき、洞窟から脱出します。

完璧な作戦でした。ところが安全な場所まで逃げたオデュッセウスは、勝ち誇って自分の本名を叫んでしまいます。これによってポリュペモスは、父ポセイドンにオデュッセウスへの復讐を願います。

知恵で勝利し、傲慢さによって災いを招く。オデュッセウスという人物を象徴する名場面です。


魔女キルケとは?

『オデュッセウスに杯を差し出すキルケ』(ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス)

キルケはアイアイエ島に暮らす女神です。一般には「魔女」として知られていますが、太陽神ヘリオスにつながる神的存在でもあります。

島へ上陸したオデュッセウスの仲間たちはキルケの館を訪れます。キルケは彼らを歓待しますが、飲み物に薬を入れ、仲間たちを豚へ変えてしまいます。

仲間を助けに向かうオデュッセウスの前に、伝令神ヘルメスが登場。魔法を防ぐ薬草「モーリュ」を与えます。キルケの魔法が効かなかったことで形勢は逆転。仲間たちは人間の姿へ戻されます。

興味深いのは、ここからキルケが協力者になることです。オデュッセウスが故郷への帰り方を尋ねると、冥府へ行って予言者テイレシアスに会うよう助言します。さらにセイレーン、スキュラ、カリュブディス、ヘリオスの牛についても警告します。

恐ろしい魔女として登場しながら、最終的には帰還を助ける重要人物なのです。


カリュプソとは?「永遠の命」を提示したニンフ

『オデュッセウスとカリュプソ』(ヤン・ブリューゲル)

仲間を全員失ったオデュッセウスが漂着するのが、カリュプソの暮らすオギュギア島です。カリュプソはオデュッセウスを愛し、彼を島に留めます。その期間は実に7年間。

しかもカリュプソは、オデュッセウスに非常に魅力的な提案をします。自分と一緒に暮らすなら、不死と永遠の若さを与える。

しかしオデュッセウスは、それを選びません。美しい女神と永遠に生きることより、老いて死ぬ人間として妻ペネロペのもとへ帰ることを望みます。

『オデュッセイア』の根底にある「故郷への帰還」というテーマが、最もはっきり現れる場面です。

最終的にはアテナの働きかけによってゼウスが帰還を認め、ヘルメスがカリュプソにオデュッセウスを解放するよう命じます。


アテナはなぜオデュッセウスを助ける?

『アテナとオデュッセウス』(リエンク・カイゲルト)

アテナはゼウスの娘で、知恵や戦略を司る女神です。『オデュッセイア』では、オデュッセウス最大の味方として登場します。

アテナとオデュッセウスには共通点があります。どちらも腕力だけで戦うのではなく、知恵・策略・変装を得意とする存在なのです。

アテナは神々にオデュッセウスを帰還させるよう訴え、息子テレマコスにも父を探す旅へ出るよう促します。さらに故郷へ帰ったオデュッセウスを物乞いの姿に変え、求婚者たちへの反撃も助けます。

オデュッセウスの帰還は、アテナの助力なしには実現しなかったと言っていいでしょう。


ポセイドンはなぜオデュッセウスを憎む?

『アテナとポセイドンの紛争』(ルネ=アントワーヌ・ウアス)

理由は非常にシンプルです。オデュッセウスが目を潰したキュクロプス、ポリュペモスがポセイドンの息子だからです。

しかもオデュッセウスは、せっかく「誰でもない」と偽名を使って脱出したにもかかわらず、最後に本名を明かしてしまいました。ポリュペモスは父ポセイドンに復讐を願います。

そしてポセイドンは、オデュッセウスの航海を妨害するようになります。故郷イタケは島です。つまり帰るためには、必ず海を渡らなければならない。その海そのものを支配する神を敵にしてしまった。これがオデュッセウスの帰還が困難になった大きな理由です。


冥府と予言者テイレシアス

『死の国のオデュッセウスと予言者テイレシアス』(ヨハン・ハインリヒ・フュースリー)

キルケの助言を受けたオデュッセウスは、生きたまま死者の世界へ向かいます。目的は、盲目の予言者テイレシアスに帰還の方法を聞くことです。

テイレシアスはオデュッセウスに、太陽神ヘリオスの牛に決して手を出してはいけないことや、故郷イタケで起きている出来事について予言します。

しかし、この冥府の場面で重要なのは予言だけではありません。オデュッセウスは、亡くなった母アンティクレイアと再会します。母は息子の帰還を待ちながら亡くなっていました。オデュッセウスは母を抱きしめようとしますが、死者の霊であるため腕をすり抜けてしまいます。

さらに、トロイア戦争の英雄アキレウスとも再会します。生前は英雄として最高の名誉を手にしたアキレウスですが、死者の世界では、生きていることの価値を語ります。

華々しい英雄譚だけではない『オデュッセイア』の一面が現れる重要な章です。


セイレーンとは?

『オデュッセウスとセイレーン』(ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス)

セイレーンは、美しい歌声によって船乗りを誘惑する怪異です。その歌を聞いた者は魅了され、船を近づけて命を落とします。

オデュッセウスはどうしてもセイレーンの歌を聞いてみたいと考えました。そこで仲間たちの耳を蜜蝋で塞ぎ、自分だけを船のマストに縛りつけます。

セイレーンの歌を聞いたオデュッセウスは誘惑に耐えられず、縄を解くよう命令します。しかし仲間たちには聞こえません。むしろ縄をさらに強く締め、船を進ませます。

ここでも、オデュッセウスの「危険だと分かっていても知りたい」という強烈な好奇心が描かれています。


スキュラとカリュブディスとは?

『スキュラとカリュブディスの前に立つオデュッセウス』(ヨハン・ハインリヒ・フュースリー)

セイレーンを突破した先に待っているのが、スキュラとカリュブディスです。

スキュラは六つの頭を持つ怪物。船が近づくと長い首を伸ばし、船員をさらいます。一方のカリュブディスは、巨大な渦潮。こちらへ近づけば船そのものが海へ飲み込まれてしまいます。

つまり、スキュラ側へ行けば仲間が死ぬ。カリュブディス側へ行けば全員が死ぬ可能性がある。オデュッセウスは犠牲の少ない方を選び、スキュラの近くを通過します。結果として6人の仲間が犠牲になります。

この神話から、英語では「between Scylla and Charybdis」という表現が、二つの危険な選択肢の板挟みになる状況を意味するようになりました。


故郷イタケでは何が起きていた?

『ペネロペと求婚者たち』(ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス)

オデュッセウスが怪物や神々と戦っている間、故郷イタケも大変なことになっていました。

トロイア戦争10年。帰還の旅10年。オデュッセウスは約20年間、故郷を離れています。

やがて人々は「王は死んだ」と考えるようになります。すると妻ペネロペのもとに、大勢の求婚者が集まり始めます。彼女と結婚すれば、イタケの王になれる可能性があるからです。

求婚者たちは宮殿に居座り、オデュッセウスの家畜を食べ、酒を飲み、王家の財産を浪費します。

一方、父が出征したとき赤ん坊だったテレマコスは青年へ成長。女神アテナの助けを受けながら、父の消息を探す旅へ出ます。

『オデュッセイア』はオデュッセウスだけの物語ではありません。帰ろうとする父と、待ち続ける妻、父を探す息子。三者の物語が最後にひとつになる構成になっています。


ペネロペとは?

『オデュッセウスとペネロペ』(フランチェスコ・プリマティッチオ)

ペネロペはオデュッセウスの妻で、イタケの王妃です。

「20年間夫を待った貞淑な妻」として知られていますが、それだけではありません。彼女もまた、オデュッセウスに匹敵するほど知恵のある人物です。

求婚者たちから再婚を迫られたペネロペは、「義父ラエルテスの死装束を完成させたら結婚相手を選ぶ」と約束します。ところが昼間に織った布を、夜になると密かにほどいていました。完成しなければ、結婚相手を選ぶ必要もありません。この策略を約3年間続けます。

そしてオデュッセウスが帰ってきたときも、すぐには本人だと信じません。最後にペネロペが使ったのが、夫婦の寝台に関する秘密です。二人の寝台は生きたオリーブの木を利用して作られており、簡単には動かせません。ペネロペがわざと「寝台を外へ運んで」と言うと、オデュッセウスは「そんなことはできない」と反応します。その秘密を知っていたことで、ペネロペはようやく目の前の男が本物の夫だと確信します。

知恵の英雄オデュッセウスを最後に試すのもまた、知恵に優れたペネロペなのです。


テレマコスとは?

『テレマコスとエウカリスの別れ』(ジャック=ルイ・ダヴィッド)

テレマコスは、オデュッセウスとペネロペの息子です。父がトロイア戦争へ向かったときは、まだ赤ん坊でした。そのため、父をほとんど知らずに成長します。

物語序盤のテレマコスは、宮殿を占拠する求婚者たちに何もできない若者です。しかし女神アテナに励まされ、父の消息を探すため旅へ出ます。

ピュロスでは老王ネストル。スパルタではメネラオスとヘレネ。父とともにトロイア戦争を戦った人々を訪ね、オデュッセウスがどのような人物だったのかを知っていきます。

そして父が帰還すると、今度は共に求婚者たちと戦います。

『オデュッセイア』冒頭の第1歌から第4歌はテレマコスを中心に描かれており、「テレマキア」と呼ばれることもあります。父を知らない少年が旅を通じて成長していく、もうひとつの英雄物語です。


求婚者たちとは?

『オデュッセウスとテレマコスによる求婚者たちの誅殺』(トマ・ドゥジョルジュ)

オデュッセウスが死亡したと考え、妻ペネロペとの結婚を狙った男たちです。原作では100人を超える求婚者が宮殿に集まります。

中でも中心的な人物がアンティノオス。傲慢で攻撃的な人物として描かれ、テレマコスの暗殺まで企てます。オデュッセウスが物乞いに変装して宮殿へ入った際にも侮辱を加えます。

やがてペネロペは求婚者たちに、ある試練を提示します。オデュッセウスの大弓に弦を張り、並べられた12本の斧の穴へ矢を通すこと。成功した男性と結婚すると宣言します。

しかし誰も弓に弦を張ることすらできません。そこで物乞いに変装していたオデュッセウスが弓を手にします。そして難なく弦を張り、矢を射抜きます。

直後、オデュッセウスは求婚者たちへ弓を向けます。最初に倒されるのがアンティノオスです。テレマコスや忠実な家臣たちも加わり、宮殿を占拠していた求婚者たちとの最後の戦いが始まります。


映画『オデュッセイア』主要登場人物

ここからは、映画を見るうえで押さえておきたい主要人物を簡単に整理します。

オデュッセウス|マット・デイモン

イタケの王で主人公。トロイア戦争を戦った「知恵の英雄」で、妻ペネロペと息子テレマコスのもとへ帰るため長い旅を続けます。

ペネロペ|アン・ハサウェイ

オデュッセウスの妻でイタケの王妃。夫の帰還を20年間待ちながら、宮殿へ押しかけた求婚者たちを知略でかわします。

テレマコス|トム・ホランド

オデュッセウスとペネロペの息子。父をほとんど知らずに育ち、その消息を探す旅を通じて成長します。

アンティノオス|ロバート・パティンソン

ペネロペへの求婚者の中心人物。原典では特に傲慢で攻撃的な人物として描かれています。

アテナ|ゼンデイヤ

知恵と戦略を司る女神。オデュッセウスとテレマコスを何度も助ける、物語における最大の味方です。

カリュプソ|シャーリーズ・セロン

オギュギア島に暮らすニンフ。漂着したオデュッセウスを愛し、7年間島に留めます。

キルケ|サマンサ・モートン

アイアイエ島に暮らす女神。オデュッセウスの仲間を豚へ変えますが、後に彼らの帰還を助けます。

エウマイオス|ジョン・レグイザモ

オデュッセウスに忠実な豚飼い。帰還後のオデュッセウスを助け、求婚者との戦いでも重要な役割を担います。

ヘレネ|ルピタ・ニョンゴ

スパルタ王メネラオスの妻。トロイアの王子パリスとの一件が、トロイア戦争の発端となります。


アガメムノンとクリュタイムネストラとは?

『殺人後のクリュタイムネストラ』(ジョン・コリア)

アガメムノンはミケーネの王で、トロイア戦争におけるギリシャ軍の総大将です。メネラオスの兄でもあります。

ところがトロイア戦争から帰還したアガメムノンには、悲惨な結末が待っていました。妻クリュタイムネストラとその愛人アイギストスによって殺されてしまうのです。オデュッセウスは冥府でアガメムノンの霊と出会い、その顛末を聞きます。

ここで重要なのが、二人の対比です。アガメムノンは故郷へ帰って妻に殺される。オデュッセウスは故郷へ帰り、20年間待っていた妻と再会する。同じトロイア戦争から帰還した英雄でありながら、正反対の運命が待っています。


ヘレネとメネラオスとは?

『トロイアの破壊の中でヘレネを見出すメネラオス』(アレクサンダー・ロートハウク)

メネラオスはスパルタ王。ヘレネはその妻です。トロイアの王子パリスがヘレネを連れ去ったことが、トロイア戦争の大きな発端となりました。

『オデュッセイア』では、成長したテレマコスが父の消息を求めてスパルタを訪れます。そこでメネラオスとヘレネから、オデュッセウスがトロイア戦争でどのような人物だったのかを聞きます。

父を知らずに育った息子が、父のかつての戦友から「英雄オデュッセウス」を知っていく重要な場面です。


メントルとは?実は「メンター」の語源

『テレマコスはメントルの助言を聞く』(シャルル=ジョゼフ・ナトワール)

メントルは、オデュッセウスの旧友です。トロイア戦争へ出征する際、オデュッセウスは彼に家のことを託しました。

『オデュッセイア』では女神アテナがメントルの姿に変身し、テレマコスを導きます。

この「若者を導く賢明な助言者」というイメージから、メントルという名前は後世に大きな意味を持つようになります。現在でも使われる英語の「mentor(メンター)」です。

現在では仕事などで助言や指導をしてくれる人物を「メンター」と呼びます。この言葉の起源は『オデュッセイア』に登場するメントルにありますが、現在の「助言者・指導者」という意味が広まるうえでは、17世紀末にフランスの作家フェヌロンが発表した『テレマックの冒険』が大きな役割を果たしました。


『オデュッセイア』が西洋文化に与えた影響

『オデュッセイア』は約2800年前の作品ですが、その影響は現在まで続いています。

英語の「odyssey」は作品名だけでなく、「長く波乱に満ちた旅」や「遍歴」を意味する普通名詞としても使われています。映画『2001年宇宙の旅』の原題が『2001: A Space Odyssey』なのも、その一例です。

文学では、ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』が有名です。20世紀文学を代表するこの小説は、『オデュッセイア』の構造を下敷きに、アイルランドのダブリンで過ごす一日を描きました。「ユリシーズ」はオデュッセウスのラテン語名に由来します。

また、「日常世界から旅立つ」「さまざまな試練を経験する」「変化して故郷へ帰ってくる」という物語構造そのものも、現代の小説や映画、ゲームまで数え切れないほど繰り返されています。

『オデュッセイア』は、単なる古典文学ではありません。現代の冒険物語につながる、巨大な源流のひとつなのです。


映画を見る前に最低限覚えておきたい5人

登場人物が多すぎて覚えられないという人は、まず5人だけ覚えておけば大丈夫です。

オデュッセウス:主人公。イタケの王で「知恵の英雄」。10年に及ぶトロイア戦争を終え、さらに10年かけて故郷を目指します。

ペネロペ:オデュッセウスの妻。夫を20年間待ち続けながら、求婚者たちを知略でかわします。

テレマコス:オデュッセウスの息子。父をほとんど知らずに育ち、その消息を探す旅へ出ます。

アテナ:知恵の女神。オデュッセウスとテレマコスを助ける最大の味方です。

ポセイドン:海の神。息子ポリュペモスの目を潰されたことでオデュッセウスを憎み、その帰還を妨害します。

さらに余裕があれば、キルケとカリュプソを覚えておけば、物語の主要人物はかなり理解しやすくなります。


『オデュッセイア』の原作を読むなら?

映画を観て原作に興味を持った人も、『イリアス』から読む必要はありません。『オデュッセイア』単独でも十分に楽しめます。

ただし、「トロイア戦争が10年間続いた」「オデュッセウスはギリシャ側だった」「メネラオスの妻ヘレネをめぐって戦争が始まった」「トロイアの木馬によってギリシャ側が勝利した」という大まかな背景を知っておくと、かなり読みやすくなります。

日本語訳も複数出版されているため、初めて読む場合は書店や図書館で冒頭を読み比べ、自分に合った訳を選ぶのがおすすめです。


まとめ|『オデュッセイア』は「家へ帰る」物語

『オデュッセイア』には、一つ目の巨人、魔女、セイレーン、海の怪物、神々など、現代のファンタジー作品にも通じる魅力的な存在が次々と登場します。

しかし物語の中心にある目的は、驚くほど単純です。「家へ帰りたい」。それだけです。

オデュッセウスは世界を征服したいわけでも、不老不死になりたいわけでもありません。むしろカリュプソから永遠の命を提示されても、それを断ります。神とともに永遠に生きることより、いつか老いて死ぬ人間として妻と息子のもとへ帰ることを選ぶのです。

一方の故郷では、妻ペネロペが夫を待ち、息子テレマコスが父を探しています。そして20年という時間を経て、三人の物語が再びひとつになります。

オデュッセウスは決して完璧な英雄ではありません。賢いのに失敗し、傲慢さから神の怒りを買い、仲間を全員失います。それでも故郷へ帰ることだけは諦めない。

怪物や神々が登場する壮大な冒険の奥に、家族、故郷、老い、死、誘惑、喪失といった普遍的なテーマがあるからこそ、『オデュッセイア』は約2800年を経ても読み継がれているのでしょう。

映画を入口に、ホメロスが描いた壮大な「帰還」の物語にも触れてみてはいかがでしょうか。


よくある質問

『オデュッセイア』とはどんな話?
トロイア戦争を終えた英雄オデュッセウスが、神々や怪物に阻まれながら10年かけて故郷イタケへ帰る古代ギリシャの叙事詩です。妻ペネロペと息子テレマコスの物語も並行して描かれます。

『イリアス』と『オデュッセイア』の違いは?
『イリアス』はトロイア戦争を舞台に、英雄アキレウスの怒りを中心として描く物語です。『オデュッセイア』はトロイア戦争が終わった後、オデュッセウスが故郷へ帰るまでを描きます。

オデュッセウスは実在した?
実在したことを証明する史料はなく、基本的には神話・伝説上の英雄として扱われています。

オデュッセウスはなぜ10年間帰れなかった?
キュクロプスのポリュペモスの目を潰し、その父である海神ポセイドンの怒りを買ったことが大きな原因です。さらに仲間による失敗や怪物との遭遇、カリュプソの島での7年間などが重なりました。

アテナはなぜオデュッセウスを助ける?
アテナは知恵と戦略を司る女神であり、同じく知略を武器とするオデュッセウスを特に支援します。息子テレマコスの旅も助けています。

ポセイドンはなぜオデュッセウスを嫌う?
オデュッセウスが、ポセイドンの息子であるキュクロプスのポリュペモスの目を潰したためです。

ペネロペは本当に20年間待った?
物語上では、トロイア戦争の約10年間とオデュッセウスの帰還までの約10年間を合わせ、およそ20年間夫の帰りを待ったことになります。

セイレーンとは人魚?
原典や古代美術におけるセイレーンは、現代的な人魚とは異なり、女性と鳥の特徴を組み合わせた姿で表現されることが多い存在です。後世になると人魚に近いイメージと混ざっていきました。

『オデュッセイア』を読む前に『イリアス』を読む必要はある?
必須ではありません。トロイア戦争の基本的な流れを知っていれば、『オデュッセイア』から読んでも十分に楽しめます。

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