Indiebase編集部です。
ノルウェーの画家エドヴァルド・ムンクが描いた『デス・アット・ザ・ヘルム』(1893年、別訳『舵を取る死』、ノルウェー・オスロのムンク美術館所蔵)。
青い海に浮かぶ小舟に、奇妙な乗客がいます。
それは、人間の骸骨です。
骸骨は舵のそばに腰を下ろし、その隣では帽子をかぶった老人がうなだれています。
老人は眠っているのでしょうか。それとも、すでに死んでいるのでしょうか。
不気味なのは、骸骨が老人を襲うわけでもなく、当たり前のように船に乗っていることです。
実はこの作品、あの有名な『叫び』と同じ年に描かれています。
ムンクは幼い頃から死に囲まれていた
ムンクが5歳のとき、母親が結核で亡くなりました。
さらに14歳のときには、最愛の姉ソフィーも同じ病気で命を落としています。
こうした経験は、ムンクの人生と作品に深い影響を与えました。
彼は後年、病気と狂気と死が、揺りかごのそばに立つ黒い天使のように自分につきまとっていた、という趣旨の言葉を残しています。
ムンクにとって死は、遠い世界の出来事ではありませんでした。
幼い頃から、いつも身近に存在していたのです。
『叫び』と同じ1893年に描かれた死神
1893年、ムンクは代表作『叫び』を制作しました。
同じ年には、家族の死を思わせる『病室の死』も描いています。


『叫び』では、人間の内側から湧き上がる不安や恐怖が表現されています。
一方、『デス・アット・ザ・ヘルム』では、死そのものが骸骨の姿で登場します。
しかも、舞台は暗い墓地でも病室でもありません。
青い海と明るい空が広がる、穏やかな風景です。
その中に死神が何食わぬ顔で座っているからこそ、かえって不気味に感じられます。
船の行き先を決めるのは誰なのか?

作品の原題は、ノルウェー語で『Døden ved roret』。
英語の『Death at the Helm』と同じく、「舵のそばの死」を意味する題名です。
船の舵は、進む方向を決めるためのもの。
そのすぐそばに骸骨が座っていることには、象徴的な意味が感じられます。
人間は自分の人生を自由に進んでいるつもりでも、最後には必ず死へと向かっていく。
そんな運命を描いているようにも見えます。
遠くの海には、白い帆を掲げた別の船も浮かんでいます。
死神は、この老人だけを迎えに来たのでしょうか。
それとも、海を渡るすべての人々の行く先を知っているのでしょうか。
死は突然襲ってくるものではなく、気づかないうちに、すぐ隣に座っている。
ムンクはそんな恐ろしさを、静かな海の風景に描き込んだのかもしれません。
(文:Indiebase編集部)