Indiebase編集部です。
黄金に埋め尽くされた背景の中で、一人の女性が静かにこちらを見つめています。
豪華な衣装には無数の目のような模様が描かれ、体の輪郭は金色の装飾に溶け込んでいます。まるで古代の女王か、神話に登場する女神のような姿です。

オーストリアの画家グスタフ・クリムトが描いた『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I』(1907年、ノイエ・ギャラリー所蔵)は、金箔をふんだんに使用した「黄金様式」を代表する作品です。
しかし、この美しい肖像画には、ナチスによる略奪と、半世紀以上にわたる返還をめぐる争いの歴史があります。
黄金の肖像画に描かれた女性
モデルとなったアデーレ・ブロッホ=バウアーは、ウィーンの裕福なユダヤ系実業家の妻でした。

芸術や文学に関心が深く、クリムトをはじめとする芸術家たちと交流していた人物です。
夫フェルディナントの依頼を受けたクリムトは、数年をかけてこの肖像画を完成させました。
金箔や銀箔を用いた装飾は、ビザンティン美術のモザイクを思わせます。
衣装や背景が幾何学模様に覆われる一方、顔と手は写実的に描かれ、女性の存在感を際立たせています。
クリムトは1912年にも、同じ女性をモデルに『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 II』を制作しています。

こちらは金箔を使用せず、色鮮やかな衣装と花々を思わせる背景が特徴です。黄金に包まれた第1作とは異なり、華やかな色彩によってアデーレの姿を描いています。
クリムトが同じ女性の全身肖像画を2点残したのは、アデーレだけでした。
ナチスに奪われた名画
アデーレは1925年、43歳で亡くなりました。
その後、1938年にナチス・ドイツがオーストリアを併合すると、ユダヤ系だったブロッホ=バウアー家の財産は没収され、この肖像画も奪われます。
戦後、作品はウィーンのベルヴェデーレ宮殿に展示され、オーストリアを代表する名画として親しまれるようになりました。
しかし、アデーレの姪マリア・アルトマンは、作品が不当に奪われたものであるとして返還を求めます。

長年の法廷闘争の末、2006年に肖像画を含むクリムトの作品5点が遺族へ返還されました。
約1億3500万ドルで売却された黄金の絵画

返還された『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I』は、2006年に約1億3500万ドルで売却され、当時の絵画売買価格の最高記録を更新しました。
購入したのはアメリカの実業家ロナルド・ローダー。現在はニューヨークのノイエ・ギャラリーで公開されています。

この返還をめぐる実話は、ヘレン・ミレン主演の映画『黄金のアデーレ 名画の帰還』(2015年)にもなりました。
かつてウィーンの名家の邸宅を飾っていた黄金の肖像画は、ナチスによる略奪、戦後の所有権争いを経て、完成から約100年後に遺族のもとへ戻ったのです。
(文:Indiebase編集部)
