Indiebase編集部です。
今日紹介するのは、ジョン・シンガー・サージェントが1884年に描いた「マダムXの肖像」。黒いドレスに身を包み、横顔を見せて立つ女性の絵です。一見するとただの気品ある肖像画ですが、この絵はかつて、画家のキャリアを潰しかけました。
モデルは、パリ社交界の有名人
描かれているのはヴィルジニー・ゴートロー。アメリカ出身でパリの銀行家と結婚し、その美貌で社交界の話題をさらっていた女性です。サージェントはこのモデルに一目惚れし、依頼されたわけでもないのに自ら熱心に売り込んで肖像画の制作にこぎつけたと伝わっています。かなり気合の入った企画だったわけです。

問題は、肩紐だった
1884年のパリ・サロンに出品されると、この絵は大炎上します。原因は右肩の細い宝石つきの肩紐。当初のバージョンでは、この肩紐が肩からずり落ちかけていました。今見るとささやかな描写ですが、当時のパリでは「今にも脱げそうな服」を連想させる、かなり際どい表現と受け取られたのです。ゴートロー本人や母親からも強く抗議され、サージェントは展覧会の後、自らこの肩紐を描き直し、肩にきちんと収まった今の形に修正しています。

パリを追われ、ロンドンへ
この一件でサージェントの評判は地に落ちました。依頼が激減し、居づらくなったパリを離れ、拠点をロンドンに移すことになります。当時としては痛手だったこの移住が、結果的にはイギリス社交界での肖像画家としての成功につながっていくのですから、キャリアというのは分からないものです。
手放したがらなかった1枚
サージェント自身はこの絵に強い愛着を持っていたようで、長らく手元に置き続けました。1916年、ニューヨークのメトロポリタン美術館に売却する際には、モデルの身元が特定されないよう「マダムX」という匿名のタイトルに変更することを条件にしています。皮肉なことに、この絵は今やサージェントの代表作として広く知られ、現在もメトロポリタン美術館の常設展示で見ることができます。

(文:Indiebase編集部)
