Indiebase編集部です。
海に浮かぶ裸の少年。そのすぐそばでは、巨大なサメが鋭い歯をむき出しにしています。
少年は必死に手を伸ばし、船に乗った男たちが救い出そうとしています。槍を突き出す男、身を乗り出す男、恐怖に顔をゆがめる男。誰もが緊迫した表情を浮かべています。
アメリカ出身の画家ジョン・シングルトン・コプリーが描いた『ワトソンと鮫』(1778年、アメリカ・ワシントンD.C.のナショナル・ギャラリー所蔵)。
一見すると海洋冒険小説の挿絵のようですが、実は実際に起きたサメ襲撃事件を描いた作品です。
そして、この絵の中心にいる少年は、後にイギリス政界で重要な地位に就くことになります。
サメに襲われた14歳の少年。実際に起きた恐怖の事件
事件が起きたのは1749年、当時スペイン領だったキューバのハバナ港です。
被害者は、イギリス人の少年ブルック・ワトソン。当時14歳でした。
商船の乗組員としてハバナを訪れていたワトソンは、港で泳いでいたところ、突然サメに襲われます。
サメは少年の脚に食らいつき、周囲にいた船員たちが救助に向かいました。
救出までには複数回の襲撃があったと伝えられています。
ワトソンは一命を取り留めましたが、右脚に重傷を負い、最終的に膝から下を失いました。
当時は現代のような救急医療も整っていません。命が助かったこと自体、幸運な出来事でした。
サメに襲われた少年は、後にロンドン市長になった
この物語がさらに驚くべきものになるのは、事件の後です。
ワトソンは障害を負いながらも商人として成功し、やがて政治の世界へ進出します。
そして1796年には、ロンドン市長(Lord Mayor of London)に就任しました。


つまり、この絵でサメに襲われている少年は、後にロンドンの重要な公職を務める人物になったのです。
事件から約30年後、ワトソンは画家コプリーに自身の体験を描くよう依頼しました。
作品が完成したのは1778年。ロンドンのロイヤル・アカデミー展に出品され、大きな注目を集めました。
コプリーは実際の事件をもとにしながら、少年が救われるかどうか分からない、最も緊迫した瞬間を選んで描いています。
少年の運命を左右する、一瞬の救出劇

画面の右側では、男がサメに向かって槍を突き出しています。
一方、船の縁から身を乗り出した男たちは、少年を引き上げようとしています。
注目したいのは、少年とサメの距離です。
サメの口は大きく開かれ、少年の体はまだ水面に浮かんだまま。次の瞬間に何が起こるのか、見る者には分かりません。
背景にはハバナ港の建物や停泊する船が描かれていますが、前景の救出劇とは対照的に、街は静かに見えます。
また、救助に加わる人物の中には黒人男性も描かれています。当時の大西洋世界における人種や身分の関係を考えるうえでも、注目されてきた作品です。
サメに襲われ、片脚を失いながらも生き延びた少年。その後の人生を知ると、この絵は単なる恐怖の場面ではなく、運命を変えた一瞬の記録として見えてきます。
(文:Indiebase編集部)
