Indiebase編集部です。
暗い海の底を、華やかな衣装をまとった女性たちが歩いています。
その周囲には奇妙な魚や海の生き物が泳ぎ、右側では一人の男が女性たちを見つめています。
ロシアの画家イリヤ・レーピンが描いた『サトコ』(1876年、ロシア美術館所蔵)。
まるで夢のような光景ですが、描かれているのはロシアに古くから伝わる英雄叙事詩の一場面です。
海底の王は、主人公サトコに300人もの美女を差し出し、その中から花嫁を選ぶよう命じたのです。
海底の王に捕らえられた商人
サトコは、ロシアの都市ノヴゴロドに暮らすグースリという楽器の名手でした。
やがて商人として成功した彼は、船で海を渡る旅に出ます。
ところが航海の途中、船が動かなくなってしまいます。
海の王が捧げ物を求めていると考えた一行は、くじを引いて犠牲者を決めることにしました。
選ばれたのはサトコ自身。
彼は海に身を投じ、海底に広がる王国へとたどり着きます。
そこで海の王から命じられたのが、300人の娘の中から妻を選ぶことでした。
300人の美女を前に、サトコが選んだのは

画面中央を歩くのは、豪華な宝石や衣装をまとった美しい女性たち。
しかし、サトコが見つめているのは彼女たちではありません。
その視線の先にいるのは、奥の方に立つ質素な衣装の女性です。
彼女の名はチェルナヴァ。
サトコは華やかな美女たちを選ばず、最後に現れたこの女性を妻に選びます。
やがて彼女の助けによって、サトコは地上の世界へ帰還することになります。
豪華な誘惑に囲まれながら、故郷へ帰る道を選ぶ。
それが、この絵に隠された物語です。
パリで描かれた、ロシアへの思い
意外なことに、この作品が描かれたのはロシアではありません。
1870年代、レーピンは留学先のパリで制作活動を続けていました。
西ヨーロッパの華やかな芸術文化に触れる一方、彼はロシア独自の伝統や美意識について考えていました。
画面を彩る豪華な女性たちは西洋の美を、奥に立つ質素な女性はロシアの美を象徴しています。
つまり、この絵は単なるおとぎ話ではありません。
どれほど華やかな異国の文化に囲まれても、自分が選ぶのは故郷のロシア。
レーピンはサトコの物語に、自らの芸術家としての思いを重ねたのです。
(文:Indiebase編集部)
