Indiebase編集部です。
今日紹介するのは、ゴッホが1890年2月に描いた「花咲くアーモンドの木の枝」。青空を背景に、白い花をつけた枝が画面いっぱいに広がる絵です。ゴッホの絵といえば渦を巻く筆致や苦しげな色使いを思い浮かべる人も多いと思いますが、これはかなり毛色が違います。
甥の誕生祝いだった
1890年1月31日、弟テオと妻ヨーの間に男の子が生まれます。名前は、伯父にちなんでヴィンセント。この知らせを聞いたゴッホは、「言葉では言い表せないほどの喜びだった」と手紙に綴り、すぐに絵筆を取りました。夫妻の寝室に飾ってもらうために、青い空に大きなアーモンドの枝を描く。この構想も、本人が手紙の中で語っていた通りです。当時のゴッホはサン=レミの精神科病院に入っていて、体調も決して安定していませんでした。それでも、生まれたばかりの命のために、迷いなく一番明るい絵を選んでいます。


元ネタは日本の浮世絵
枝を大胆に切り取って画面いっぱいに配置するこの構図、実はゴッホが集めていた日本の浮世絵から来ています。特に歌川広重の花木の絵との近さがよく指摘されていて、木の下に寝転んで見上げているような視点、太くくっきりした輪郭線、平坦に塗られた背景など、あちこちに浮世絵の手法が透けて見えます。ゴッホは一度も日本の土を踏んでいませんが、ヨーロッパで目にした版画だけでここまで消化してしまったわけです。

甥が、伯父の絵を守った
この赤ん坊、ヴィンセント・ウィレム・ファン・ゴッホはのちに成長し、伯父の作品が散逸せず残るよう力を尽くす人物になります。彼が関わったコレクションが、今のアムステルダムのゴッホ美術館の土台です。誕生祝いとして贈られた1枚の絵が、巡り巡ってその子自身がつくった美術館の顔になった。ゴッホ本人がこの巡り合わせを知ることはありませんでしたが。


(文:Indiebase編集部)
