Indiebase編集部です。
二人の男が床に倒れ込み、激しく組み合っています。
上の男は相手の頭と腕を押さえ込み、下の男は苦しそうに体をねじっています。
背景には運動器具を使う男。右端には、試合を見守る人物の姿もあります。
アメリカの画家トマス・イーキンズが描いた『レスラーたち』(1899年、ロサンゼルス郡立美術館所蔵)。
この絵を完成させるため、画家は実際のレスラーをアトリエに呼び、写真まで撮影していました。
レスラーを呼んで、組み技を再現させた
イーキンズは若い頃からスポーツを好み、1870年代にはボクシングやレスリングの試合を観戦していました。
彼が注目したのは、勝敗だけではありません。
激しく動く筋肉、ねじれる関節、力を込めたときの人体の変化でした。
1899年5月、イーキンズは二人のレスラーを自分のアトリエに招きます。
そこで組み技を再現させ、写真を撮影しました。
上の男が相手の頭と腕を押さえる姿勢は、「ハーフネルソン」と呼ばれる技を使ったものです。
画家は写真を参考に、筋肉の動きや体の重なりを細かく研究しました。
美しい肉体ではなく、むき出しの肉体
19世紀の西洋絵画では、男性の裸体は神話の英雄や古代の戦士として理想化されることが少なくありませんでした。
しかし、イーキンズが描いたのは普通のスポーツ選手です。

床に押しつけられた顔、ねじれた胴体、力の入った腕。
美しく見せるためのポーズではありません。
イーキンズは人体の構造を徹底的に研究した画家で、美術教育でも解剖学を重視していました。
その関心が、この絵の生々しい肉体表現につながっています。
画家が最後に描いたスポーツの大作
イーキンズは、ボート競技や水泳、ボクシングなど、さまざまなスポーツを題材にしました。
同じ1899年には、試合の合間に休息するボクサーを描いた『ラウンドの間』も制作しています。

『レスラーたち』は、そんな彼が完成させた最後の大きなスポーツ画として知られています。
興味深いのは、試合の勝者が決まった瞬間ではなく、勝敗が決まりそうな緊迫した姿勢を選んだことです。
画面には歓声も、華やかな観客席もありません。
ただ、二人の男が必死に力をぶつけ合っています。
スポーツの栄光よりも、人間の肉体そのものを描きたかった画家。
その執念が伝わってくる一枚です。
(文:Indiebase編集部)
