Indiebase編集部です。
真っ赤な大地の上で、翼を持つ天使と一人の男が激しく組み合っています。
その手前には、白い帽子をかぶった女性たち。祈るように手を合わせ、格闘する二人を見つめています。
フランスの画家ポール・ゴーギャンが描いた『説教の後の幻影』(1888年、スコットランド国立美術館所蔵)は、旧約聖書の物語を題材にした作品です。
しかし、この奇妙な格闘は現実に起きているわけではありません。女性たちが説教を聞いた後、心の中に思い浮かべた光景なのです。
天使と一晩中格闘した男
天使と戦っているのは、旧約聖書に登場するヤコブです。
『創世記』によれば、ヤコブはある夜、謎の男と夜明けまで格闘しました。
相手はヤコブに勝てないと悟ると、彼の股関節を打ちます。それでもヤコブは離さず、祝福を求めました。
そしてヤコブは「イスラエル」という新しい名前を与えられます。
この出来事は、神との格闘や信仰の試練を象徴する物語として知られています。
ゴーギャンは、この聖書の場面を、説教を聞いた人々の心に浮かぶ幻影として描きました。
なぜ地面が真っ赤なのか?

この作品で最も奇妙なのは、地面が鮮やかな赤色で塗りつぶされていることです。
舞台はフランス北西部のブルターニュ地方。手前の女性たちは、この地域の伝統衣装を身につけています。
ゴーギャンは現実の風景を再現するのではなく、女性たちの信仰心や想像の世界を表現するため、あえて不自然な色彩を使いました。
中央を斜めに横切る大きな木も、現実と幻影を分ける役割を果たしています。
日本の浮世絵から受けた影響
ゴーギャンはこの作品で、日本の浮世絵からも影響を受けています。
大胆な構図、平面的な色彩、はっきりとした輪郭線は、当時ヨーロッパで注目されていた日本美術を思わせます。
特に天使とヤコブの格闘には、葛飾北斎の『北斎漫画』に描かれた相撲の図との関連が指摘されています。

1888年に完成したこの作品は、ゴーギャンが印象派の表現から離れ、象徴主義へと向かう転機となりました。
真っ赤な大地で戦う二人と、祈りを捧げる女性たち。ゴーギャンは、目には見えない信仰の世界を、大胆な色彩と構図によって描き出したのです。
(文:Indiebase編集部)
