Indiebase編集部です。
雪に覆われた荒野に、一本の枯れ木が立っています。
その枝には、長い髪をなびかせた女性が絡みつき、胸元には赤ん坊がしがみついています。女性の体は宙に浮き、苦しそうに反り返っています。
イタリアの画家ジョヴァンニ・セガンティーニが描いた『悪しき母たち』(1894年、オーストリア・ギャラリー・ベルヴェデーレ所蔵)。
一見すると幻想的な雪景色ですが、描かれているのは母親が死後に受ける罰です。
なぜ母親は木に囚われているのか
この作品は、イタリアの詩人ルイージ・イッリカの詩『涅槃』に着想を得ています。
詩には、母性を拒んだ女性たちが、死後の荒涼とした世界で苦しむ姿が描かれています。
セガンティーニは、その罰を雪原の枯れ木に囚われた女性として表現しました。
女性の胸にいる赤ん坊は、彼女が拒んだ母性を象徴しています。
周囲には生命の気配がほとんどなく、遠くにも枯れ木が並んでいます。
母親としての役割を拒んだ女性が、死後になっても子どもから逃れられない。
当時の厳しい母性観が反映された作品です。
美しい雪景色に隠された残酷さ

セガンティーニは、アルプスの風景や農民の生活を描いた画家として知られています。
この作品でも、雪原や遠くの山々は繊細な色彩で描かれています。
しかし、中央の女性の姿は現実離れしています。

木の枝に絡まる髪、宙に浮いた体、胸にしがみつく赤ん坊。
穏やかな自然の描写と、女性が受ける苦痛との対比が強烈です。
また、女性の顔には安らぎとも苦悶とも取れる表情が浮かび、単純な恐怖画とは異なる印象を与えています。
母を幼くして失った画家
セガンティーニは1858年に生まれ、幼い頃に母親を亡くしました。
その後、厳しい少年時代を過ごしたことが知られています。
母親の不在は、彼の作品に繰り返し登場する母性という主題を考えるうえで重要な背景です。

セガンティーニは『悪しき母たち』のほかにも、母親と子どもの関係を描いた作品を残しています。
ただし、この絵を画家自身の母親への感情だけで説明することはできません。
19世紀末の社会にあった母性への期待と、象徴主義的な死後の世界が重なっています。
雪原に囚われた女性は、赤ん坊を抱くことも、振りほどくこともできないまま、枯れ木に絡みついています。
(文:Indiebase編集部)
