Indiebase編集部です。
血を流して倒れる若い男性。その体を抱きしめる老人は、目を大きく見開き、恐怖に顔を歪めています。
老人の手は息子の頭を押さえていますが、指の間からは血が流れています。
ロシアの画家イリヤ・レーピンが描いた『イワン雷帝とその息子イワン』(1885年、ロシア・モスクワのトレチャコフ美術館所蔵)。
描かれているのは、ロシア史に残る恐ろしい事件です。
怒りに任せて息子を殴り殺した皇帝
16世紀のロシアを統治したイワン4世。後世、「イワン雷帝」と呼ばれた人物です。
1581年、雷帝は息子イワンと激しく口論し、怒りに任せて杖で頭を殴ったと伝えられています。
息子は重傷を負い、数日後に死亡しました。
事件の原因については、息子の妻への暴力をめぐる争いや、政治的対立など、複数の説があります。
しかし、雷帝が本当に息子を殴り殺したのかについては、歴史家の間でも議論があります。
レーピンが描いたのは、父親が自らの行為の恐ろしさに気づいた瞬間でした。
息子を抱きしめる父親の目

この絵で最も恐ろしいのは、血ではありません。
イワン雷帝の目です。

大きく見開かれた目には、怒りではなく、取り返しのつかないことをしてしまった恐怖が浮かんでいます。
一方、息子の表情は静かです。
父親の肩に手を添え、まるで許そうとしているかのようにも見えます。
床には凶器とされる杖が転がり、豪華な絨毯には血が広がっています。
画面の中心に描かれているのは、暴力そのものではなく、その直後に訪れた絶望なのです。
あまりに衝撃的で展示禁止になった絵
1885年、この作品が公開されると、その残酷な描写は大きな反響を呼びました。
ロシア皇帝アレクサンドル3世は作品の展示を禁止します。
ただし、この禁止措置は長くは続かず、後に解除されました。
さらに1913年には、来館者が刃物で絵を切りつける事件が発生。2018年にも作品が損傷する事件が起きています。


制作から100年以上が過ぎても、この絵は人々の強い感情を呼び起こしてきました。
歴史上、本当に父親が息子を殺したのか。その真相は今も確定していません。
しかし、レーピンが描いた父親の目には、疑いようのない恐怖が宿っています。
人間は怒りによって、最も大切なものを自ら破壊してしまうことがある。
その悲劇を、一瞬の表情に凝縮した作品です。
(文:Indiebase編集部)
