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オーストラリア出身の画家ジョン・ピーター・ラッセルが描いた『フィンセント・ファン・ゴッホの肖像』(1886年、オランダ・アムステルダムのゴッホ美術館所蔵)。
暗い背景の中、スーツを着た若いゴッホが、こちらを見つめています。鮮烈な色彩や激しい筆遣いで知られるゴッホの自画像とは異なり、落ち着いた表情と端正な顔立ちが印象的です。
実はこの絵、ゴッホ自身が生涯大切にし、死の直前まで手元に残していた特別な肖像画でした。
パリで出会った、二人の若い画家
1886年、ゴッホは弟テオを頼ってパリへ移り住みました。
そこで通い始めたフェルナン・コルモンの画塾で出会ったのが、オーストラリア出身の画家ジョン・ピーター・ラッセルです。
ラッセルはゴッホより5歳年下。二人は親しくなり、ラッセルは友人の肖像画を描きました。
当時のゴッホは33歳。まだ南フランスのアルルへ移る前で、後年のような鮮やかな色彩の作品を描くようになる過渡期にありました。
この肖像画には、画家としての成功を夢見ながら、パリで新しい芸術を学んでいた頃のゴッホが残されています。
ゴッホ本人が最も大切にした肖像画

ゴッホは生涯に40点以上の自画像を残しました。しかし、他の画家が描いた彼の肖像画は多くありません。
その中でもラッセルの作品は、ゴッホ本人にとって特別な存在でした。
1890年7月、死の直前に弟テオへ宛てた手紙でも、この肖像画に触れ、大切に保管してほしいと頼んでいます。
ゴッホが自分の姿を描いた作品を、これほど長く大切にしていたことは興味深い事実です。
また、この絵は美術史家から、実際のゴッホの容貌に最も近い肖像画の一つと評価されています。
私たちがよく知るゴッホの顔は、ほとんどが彼自身の自画像によるものです。しかし自画像には、画家が自分をどう表現したいかという意識も反映されます。
ラッセルの肖像画は、友人の目に映ったゴッホの姿を伝える貴重な作品なのです。
耳を切る事件よりも前の、もう一人のゴッホ
この絵が描かれたのは1886年。ゴッホがアルルで耳を切る事件を起こす約2年前のことでした。
ラッセルはその後もゴッホと交流を続け、二人の間には手紙のやり取りが残されています。
ゴッホは1890年7月29日、37歳で亡くなりました。
激しい色彩も、包帯を巻いた耳もない。ただ、友人の前で静かに座る一人の若い画家。
そこには、悲劇的な最期によって語られることの多いゴッホの、別の素顔が残されているのかもしれません。
(文:Indiebase編集部)
