Indiebase編集部です。
無数の男たちの死体の上に、ひとりの女が座っています。

フランスの画家ギュスターヴ=アドルフ・モッサが1905年に描いた「彼女(Elle)」は、一度見たらなかなか忘れられない作品です。
足元には死体の山。頭には骸骨と黒い鳥。それなのに、彼女の表情は驚くほど静かです。
この不気味な絵には、当時のヨーロッパで流行していた「ファム・ファタール」という女性像が強く反映されています。
男たちの死体の上に座る「彼女」
まず目に入るのは、画面いっぱいに描かれた巨大な女性です。
彼女が座っている場所をよく見ると、そこに積み重なっているのは無数の男たちの死体。脚には血のついた手形まで残されています。
頭上には骸骨、周囲には黒い鳥。胸元にも物騒な装飾が並んでいます。
それほど異様な光景なのに、本人は何事もなかったような顔をしている。
この落差が、この作品をいっそう怖く見せています。
モッサたちが描いた「ファム・ファタール」
「彼女」を理解するうえで欠かせないのが、ファム・ファタール(運命の女)という言葉です。
19世紀末から20世紀初頭の美術や文学では、サロメやユディト、デリラのように、男性を魅了し、最後には破滅へ導く女性が繰り返し描かれました。


モッサも、こうした「危険な女性」を好んで描いた画家のひとりです。
ただし「彼女」では、そのイメージがかなり極端です。
一人の男を破滅させるどころか、無数の男たちが死体となって積み重なり、その頂点に女性が座っている。
まるで「男を破滅させる女」という幻想そのものを、巨大な怪物にしたようにも見えます。
本当に怖いのは誰なのか

今見ると、少し違った読み方もできます。
世紀末のヨーロッパでは、女性の社会進出や価値観の変化によって、それまでの男女関係が揺らぎ始めていました。
そのため「男を破滅させる女」というイメージには、当時の男性社会が抱えていた女性への不安や恐れも反映されていると考えられています。
そう思って見ると、この絵に描かれているのは恐ろしい女性だけではありません。
女性をここまで恐ろしい存在として想像した、当時の男性側の恐怖そのものとも読めます。
「飽食のセイレーン」と並べて見たい
モッサは同じ1905年に「飽食のセイレーン(La Sirène repue)」も描いています。

「飽食のセイレーン」(モッサ)
こちらは、あどけない少女のような顔をしながら、人間を食べた直後と思われるセイレーンを描いた作品です。
「彼女」が美しい女性と男たちの死を組み合わせた作品なら、「飽食のセイレーン」は無垢な顔と捕食を組み合わせた作品。
どちらも、美しいもののすぐ隣に残酷さがあるというモッサらしい世界がよく表れています。
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美しいのに、怖い
「彼女」が印象に残るのは、単にグロテスクだからではありません。
死体の上に座っているのに美しく、残酷なのに静かで、どこか目を離しにくい。
世紀末に流行したファム・ファタールという女性像を、モッサはここまで極端な形にして描きました。
「飽食のセイレーン」とあわせて見ると、若き日のモッサがなぜこれほどまでに「美しさと恐怖」に惹かれていたのか、少し見えてくる気がします。
