Indiebase編集部です。
赤い帽子をかぶり、黒い口ひげを生やした男性が、こちらをじっと見つめています。
肩の前には縞模様の猫がちょこんと座り、男性は片手にタバコを持っています。背後には木々と青空、遠くには煙を上げる工場の煙突が見えます。
フランスの画家アンリ・ルソーが描いた『X氏の肖像』(1906年、チューリヒ美術館所蔵)は、独特な人物描写が印象的な肖像画です。
しかし、この男性が誰なのか、現在もはっきりとはわかっていません。
モデルは有名作家ピエール・ロティ?
この作品は『ピエール・ロティの肖像』とも呼ばれています。
ピエール・ロティは、19世紀末から20世紀初頭に活躍したフランスの海軍士官・作家です。

日本を舞台にした小説『お菊さん』など、異国の文化や風景を描いた作品で人気を集めました。
赤い帽子は、中東などで使われる「フェズ帽」を思わせます。異国趣味で知られたロティらしい装いです。
しかし、モデルが本当にロティだったという確かな証拠はありません。
1952年には、エドモン=アシル・フランクという別の人物が、自分こそがモデルだと主張しました。
このため、美術館でも男性の正体を断定せず、『X氏の肖像(ピエール・ロティ)』という題名が使われています。
「恐怖の美術館」に飾られた絵
この作品には、もう一つ奇妙な逸話があります。
1906年、フランスの風刺作家ジョルジュ・クールトリーヌが、ルソーからこの絵を購入しました。
クールトリーヌは、風変わりな絵画などを集めた私的なコレクション「恐怖の美術館」に、この作品を飾ったのです。
当時のルソーは、独学による素朴な表現を批判されることも多く、その絵はしばしば笑いの対象となっていました。
しかし後年、ルソーの独創的な表現はピカソら前衛芸術家から高く評価されるようになります。
猫と男性が生み出す不思議な肖像画

ルソーは「税関吏ルソー」の愛称で知られ、独学で絵画を学んだ画家です。
人物の体や顔は単純化され、遠近感にも独特の不自然さがあります。
この作品でも、男性の顔は仮面のように平面的で、肩の前に座る猫は妙に人間くさい表情をしています。
背後には自然の木々と工場の煙突が並び、現実と空想が入り混じったような風景が広がっています。
かつて奇妙な絵として笑われた『X氏の肖像』。赤い帽子の男性と猫は、今もモデルの正体を明かさないまま、こちらを見つめています。