Indiebase編集部です。
荒れ果てた大地の上で、二人の男女が身を寄せ合っています。
黒い衣服をまとった男は、痩せた女性を抱きしめています。女性は男にしがみつき、離れたくないというように、その体に腕を回しています。
オーストリアの画家エゴン・シーレが描いた『死と乙女』(1915年、ウィーン・ベルヴェデーレ美術館所蔵)は、愛と別れ、そして死を題材にした作品です。
実はこの絵には、シーレ自身が経験した恋人との悲しい別れが重ねられています。
愛し合う男女の正体
絵に描かれた男性はシーレ自身、女性は長年の恋人ヴァリー・ノイツィルと考えられています。

ヴァリーは1911年頃からシーレのモデルを務め、やがて恋人となりました。
二人は生活をともにし、1912年にシーレが逮捕された際にも、ヴァリーは彼を支えています。

しかし1915年、シーレは別の女性エーディト・ハルムスとの結婚を決意しました。
長年寄り添ってきたヴァリーとの関係は、突然終わりを迎えたのです。
恋人を捨てて結婚した画家
シーレが選んだエーディトは、ウィーンの中産階級の家庭に育った女性でした。
シーレはヴァリーと別れ、1915年6月にエーディトと結婚します。
しかし、ヴァリーとの別れは簡単に割り切れるものではなかったようです。
『死と乙女』が描かれたのは、まさにこの別離の時期でした。
黒い衣服の男は死を象徴する存在として描かれ、女性はその体に必死にしがみついています。
二人の抱擁には、愛情だけでなく、関係が終わることへの悲しみや不安も感じられます。

別れの後に訪れた本当の死
シーレと別れたヴァリーは、その後、看護師として働くようになりました。
しかし1917年、第一次世界大戦中に赴いたダルマチアで猩紅熱にかかり、23歳の若さで亡くなります。
さらに翌1918年、シーレの妻エーディトがスペイン風邪で死亡。その3日後、シーレ自身も28歳で亡くなりました。
『死と乙女』が描かれたのは、そのわずか3年前です。
互いにしがみつく男女の周囲には、花も緑もない荒れ果てた大地が広がっています。シーレは、恋人との別れを、愛する二人が死によって引き裂かれるような姿で描きました。
