Indiebase編集部です。
白く大きな体をした一頭の牛。力強い筆遣いで描かれたその姿は、今にも動き出しそうな迫力を持っています。
牛の体は太い線で表現され、背景には荒々しい色彩が広がっています。写実的な動物画とは異なり、牛の生命力や感情までもが伝わってくるようです。
韓国の画家・李仲燮(イ・ジュンソプ)が描いた『白い牛』(1950年代)は、韓国近代美術を代表する作品のひとつです。
李仲燮は、その激動の人生と情熱的な作風から「韓国のゴッホ」とも呼ばれています。
韓国人の精神を象徴する白い牛
李仲燮は1916年、現在の北朝鮮にあたる平安南道で生まれました。
日本に留学して美術を学び、帰国後は朝鮮半島で制作活動を続けました。

彼が生涯にわたって繰り返し描いた題材のひとつが「牛」です。



朝鮮半島では、牛は農業や人々の暮らしを支える身近な動物でした。
特に白い牛は、韓国民族の忍耐強さや生命力を象徴する存在として解釈されています。
李仲燮が描く牛は、筋肉を大きくうねらせ、激しく動き回るような姿が特徴です。
その力強い表現には、厳しい時代を生き抜こうとする人間の姿も重ねられています。
朝鮮戦争と家族との別離
1950年に朝鮮戦争が勃発すると、李仲燮は日本人の妻・山本方子と二人の息子を連れて避難生活を送ることになります。
一家は釜山や済州島などを転々とし、厳しい貧困に苦しみました。
1952年、妻と子どもたちは生活のため日本へ渡ります。
李仲燮は韓国に残り、家族と再会することを願いながら絵を描き続けました。
しかし、経済的な事情から家族と一緒に暮らすことは叶いませんでした。
彼は妻や子どもたちに数多くの手紙を送り、家族への愛情を絵にも残しています。

40歳で亡くなった「韓国のゴッホ」
李仲燮は、貧困の中でも創作への情熱を失いませんでした。
画材を十分に買えなかった時期には、たばこの銀紙に絵を描くなど、身近な材料を使って制作を続けています。


しかし、家族との別離や生活苦によって心身を消耗し、1956年、40歳で亡くなりました。
その死後、作品への評価は高まり、韓国近代美術を代表する画家として広く知られるようになります。
『白い牛』に描かれた力強い牛の姿は、戦争と貧困の中でも生きようとした李仲燮自身の姿とも重なります。

家族との再会を願いながら描き続けた画家は、わずか40年の生涯で、韓国美術史に残る作品を生み出しました。
(文:Indiebase編集部)
