Indiebase編集部です。
海底都市で眠る巨大な怪物。宇宙の彼方に存在する理解不能な神々。読んだ者の精神を蝕む禁断の書物。
ホラー小説やゲームに登場する、こうした不気味な存在の多くに影響を与えてきたのが「クトゥルフ神話」です。
その中心にあるのは、人間が世界の支配者ではなく、宇宙に存在する巨大な力の前では取るに足らない存在にすぎないという恐怖です。
クトゥルフ、アザトース、ニャルラトホテプ、ヨグ=ソトース。
奇妙な名前を持つ神々は、どこから生まれたのでしょうか。
今回は、クトゥルフ神話の意味や歴史、代表的な神々と怪物、そして現代のホラー作品やTRPGへの影響を解説します。
クトゥルフ神話とは?ラヴクラフトが生んだ宇宙的恐怖
クトゥルフ神話(Cthulhu Mythos)とは、アメリカのホラー作家H・P・ラヴクラフトの作品を中心に形成された、架空の神々や怪物、禁断の知識が登場する一連の物語世界です。
古代から地球に存在する超自然的な存在や、人類が誕生する以前の文明、宇宙の秘密を記した書物などが、複数の作品に共通して登場します。
ただし、ギリシャ神話や北欧神話のように、古代から信仰されてきた宗教ではありません。
20世紀の怪奇小説から生まれた、創作上の神話体系です。
H・P・ラヴクラフトとは?
ハワード・フィリップス・ラヴクラフト(1890〜1937年)は、アメリカのロードアイランド州プロビデンス出身の作家です。

怪奇小説や幻想文学を執筆し、後のホラー文学に大きな影響を与えました。
代表作には『クトゥルフの呼び声』『ダンウィッチの怪』『インスマスを覆う影』『狂気の山脈にて』などがあります。
ラヴクラフトの作品では、主人公が古代の遺跡や不可解な事件を調査するうちに、人類の理解を超えた恐ろしい真実へと近づいていきます。
しかし、その真実を知ることは、必ずしも問題の解決につながりません。
むしろ、世界について知れば知るほど、人間の存在がいかに小さく、無力であるかを思い知らされるのです。
コズミック・ホラーとは?
クトゥルフ神話を理解するうえで重要なのが、「コズミック・ホラー(宇宙的恐怖)」という考え方です。
一般的なホラーでは、幽霊や殺人鬼、怪物などが人間に危害を加えます。
一方、ラヴクラフトの恐怖は、人間をはるかに超えた宇宙の存在そのものにあります。
そこに登場する神々や怪物は、人間の善悪や道徳に従って行動するとは限りません。
人類を憎んでいるわけでも、滅ぼそうと計画しているわけでもない。ただ存在しているだけで、人間の文明や常識を崩壊させるほどの力を持っています。
こうした、人間中心の世界観が通用しなくなる恐怖こそ、クトゥルフ神話の大きな特徴です。
クトゥルフ神話の代表的な神々・邪神一覧
クトゥルフ神話には、数多くの神々や怪物が登場します。
一般に「邪神」と呼ばれることもありますが、これらは必ずしも人間に対する悪意を持つ存在ではありません。
また、作品によって設定が異なるため、すべての神々に共通する厳密な序列があるわけではありません。
クトゥルフ|海底都市ルルイエで眠る旧支配者

クトゥルフは、神話の名前にもなっている代表的な存在です。
1928年に発表されたラヴクラフトの短編小説『クトゥルフの呼び声』に登場します。
巨大な人型の身体に、タコを思わせる頭部、翼を持つ怪物として描写されます。
クトゥルフは、太平洋の海底に沈んだ都市「ルルイエ」で眠っているとされ、その存在は人間の夢や精神にも影響を及ぼします。
世界各地にはクトゥルフを崇拝する秘密の集団が存在し、いつか再び目覚める日を待っています。
クトゥルフは、後に「旧支配者」と呼ばれる存在の代表格となりました。
アザトース|宇宙の中心に存在する混沌

アザトースは、ラヴクラフトの作品に登場する、宇宙的な混沌を象徴する存在です。
『未知なるカダスを夢に求めて』などで言及され、宇宙の中心に存在する恐るべき存在として描かれています。
後のクトゥルフ神話では、極めて強大な神格として扱われるようになりました。
アザトースについては、世界そのものがその夢であり、目覚めれば宇宙が消滅するという設定も知られています。
ただし、これはラヴクラフトの原典で明確に確立された設定ではなく、後世の解釈や創作によって広まったものです。
ヨグ=ソトース|時間と空間を超越する存在

ヨグ=ソトースは、時間や空間の境界を超えた存在です。
ラヴクラフトの『ダンウィッチの怪』などに登場し、過去・現在・未来のすべてと関わる存在として語られます。
人間には理解できない知識や、異なる世界へ通じる門とも結びついています。
ヨグ=ソトースは単なる怪物ではなく、人間が認識する世界の仕組みそのものを超越した存在として描かれています。
ニャルラトホテプ|人間に干渉する這い寄る混沌

ニャルラトホテプは、「這い寄る混沌」とも呼ばれる存在です。
ほかの宇宙的存在とは異なり、人間社会に積極的に関わることが特徴です。
さまざまな姿で人々の前に現れ、恐怖や混乱を引き起こします。
ラヴクラフトの『ニャルラトホテプ』や『闇をさまようもの』などに登場します。
人間と意思疎通できる一方、その目的や本質は理解しがたい存在です。
シュブ=ニグラス|千匹の仔を孕みし森の黒山羊

シュブ=ニグラスは、生命や繁殖と結びつけられる神格です。
「千匹の仔を孕みし森の黒山羊」という異名で知られています。
ラヴクラフトの作品では名前や異名への言及が中心で、その姿が詳しく描かれることはほとんどありません。
後の作家やゲーム作品によって、巨大で異形の怪物としてのイメージが発展しました。
ハスター|黄衣の王と結びつく存在

ハスターは、ラヴクラフト以前の作家アンブローズ・ビアスやロバート・W・チェンバーズの作品に由来する名前です。
特にチェンバーズの短編集『黄衣の王』との関係で知られています。
ラヴクラフトも自作でハスターに言及しましたが、現在広く知られる「黄衣の王」とハスターを同一視する設定は、後世の作家たちによって発展したものです。
黄色い衣をまとった謎の存在というイメージは、現代のホラー作品にも受け継がれています。
旧支配者と外なる神の違い
クトゥルフ神話では、神々を「旧支配者(Great Old Ones)」や「外なる神(Outer Gods)」などに分類することがあります。
旧支配者は、クトゥルフのように、太古の地球や宇宙と関わる強大な存在を指します。
一方、外なる神は、アザトースやヨグ=ソトースなど、宇宙の根源的な力と結びつく存在として扱われます。
ただし、この分類はラヴクラフトが一貫した体系として完成させたものではありません。
後の作家やTRPGなどによって整理され、広く知られるようになりました。
そのため、作品によって神々の分類や関係が異なる場合があります。
ネクロノミコンとは?クトゥルフ神話に登場する禁断の書物
クトゥルフ神話には、神々や怪物だけでなく、恐ろしい秘密を記した架空の書物も登場します。
その代表が「ネクロノミコン(Necronomicon)」です。

ネクロノミコンは、ラヴクラフトが創作した魔導書で、狂えるアラブ人アブドゥル・アルハザードによって書かれたとされています。
書物には、古代の神々や宇宙の秘密、人間が知るべきではない知識などが記されているとされます。
ラヴクラフトは架空の著者や翻訳の歴史まで設定したため、ネクロノミコンを実在する古文書だと思う読者も現れました。
しかし、ネクロノミコンは実在した古代の魔導書ではありません。
ラヴクラフトが生み出した架空の書物です。
このような禁断の知識は、クトゥルフ神話における重要な恐怖の一つとなっています。
クトゥルフ神話は誰が作ったのか?
クトゥルフ神話の中心人物はラヴクラフトですが、すべての設定を彼一人が作ったわけではありません。
ラヴクラフトは、同時代の作家たちと手紙を交わし、互いの作品に架空の神々や書物、地名などを登場させていました。
例えば、クラーク・アシュトン・スミスやロバート・E・ハワードらも、ラヴクラフトと交流しながら怪奇文学を発展させました。
また、ラヴクラフトの死後には、作家オーガスト・ダーレスが関連作品を整理し、「クトゥルフ神話」という名称の普及に大きく貢献しました。
ダーレスは神々の分類や対立関係を体系化しましたが、その解釈はラヴクラフト自身の世界観と必ずしも一致していません。
現在のクトゥルフ神話は、ラヴクラフトの原作を中心に、多くの作家やゲーム制作者によって発展してきた世界です。
クトゥルフ神話とTRPGの関係
クトゥルフ神話が世界的に知られるようになった理由の一つが、テーブルトークRPG(TRPG)の存在です。
1981年、アメリカでTRPG『Call of Cthulhu』が発売されました。

日本では『クトゥルフの呼び声』や『クトゥルフ神話TRPG』という名称で知られています。
このゲームでは、プレイヤーは探偵や研究者、医師などの「探索者」となり、不可解な事件や怪異を調査します。
特徴的なのが、キャラクターの精神状態を表す「正気度(SAN)」という仕組みです。
恐ろしい怪物や理解不能な現象に遭遇すると、探索者は正気度を失うことがあります。
強大な神々を武器で倒すことよりも、恐怖の真相を調べ、生き延びることが重視されるゲームです。
日本でもTRPGの人気を通じてクトゥルフ神話が広まり、動画配信やゲーム実況などによって新たなファンを獲得してきました。
クトゥルフ神話を読むなら?田辺剛の漫画版もおすすめ
クトゥルフ神話を初めて読むなら、ラヴクラフトの代表作から触れるのがおすすめです。
特に漫画から入りたい人には、田辺剛によるコミカライズ作品がおすすめです。
緻密な作画と迫力のある構図によって、ラヴクラフトが描いた異形の怪物や、人間の理解を超えた宇宙的恐怖を視覚的に楽しめます。
『クトゥルフの呼び声』

原作:H・P・ラヴクラフト/漫画:田辺剛
原作は1928年に発表された、クトゥルフ神話を代表する短編小説です。
主人公が残された記録や証言を調査するなかで、世界各地に存在する奇妙な信仰と、海底に眠る巨大な存在の秘密が明らかになります。
クトゥルフという存在の恐ろしさを知るうえで、最初に触れておきたい作品です。
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『ダニッチの怪』

原作:H・P・ラヴクラフト/漫画:田辺剛
原作は1929年に発表された短編小説です。
アメリカの田舎町ダンウィッチを舞台に、不気味な一家と不可解な事件が描かれます。
ヨグ=ソトースに関する設定が登場し、クトゥルフ神話の宇宙的な恐怖を強く感じられる作品です。
▶ Amazon(Kindle)で読む
『インスマスの影』

原作:H・P・ラヴクラフト/漫画:田辺剛
原作は1931年に執筆され、1936年に刊行された中編小説です。
主人公は、奇妙な噂が絶えない港町インスマウスを訪れます。
そこで暮らす住民たちの異様な外見や、町に隠された秘密を調べるうちに、恐ろしい真実へと近づいていきます。
クトゥルフ神話に登場する「深きものども」と深く関わる作品です。
▶ Amazon(Kindle)で読む
『狂気の山脈にて』

原作:H・P・ラヴクラフト/漫画:田辺剛
原作は1936年に発表された中編小説です。
南極を調査する探検隊が、人類の歴史を覆すような古代文明の痕跡を発見します。
科学的な調査から始まった物語が、やがて宇宙的な恐怖へと発展していきます。
ラヴクラフトの壮大な世界観を味わえる代表作の一つです。
▶ Amazon(Kindle)で読む
なぜクトゥルフ神話は現代でも人気なのか?
クトゥルフ神話の大きな特徴は、すべての謎が解き明かされるわけではないことです。
人間がどれほど知識を積み重ねても、宇宙のすべてを理解できるとは限りません。
ラヴクラフトは、そうした人間の限界を恐怖として描きました。
また、神々や怪物の設定が完全には固定されていないため、後の作家やゲーム制作者が独自の解釈を加えやすいことも、長く愛されてきた理由の一つです。
クトゥルフ神話は、特定の作家が完成させた閉じた物語ではありません。
ラヴクラフトが描いた宇宙的恐怖を出発点として、文学、映画、漫画、ゲーム、TRPGへと広がってきました。
その根底にあるのは、人間が世界の中心ではないという考え方です。
海底に眠るクトゥルフも、宇宙の混沌を象徴するアザトースも、人間の存在など意に介さないかもしれません。
ラヴクラフトの物語では、怪物の正体を知ることよりも、その存在によって人間が信じていた世界の姿が崩れていくことこそが、恐怖の核心となっています。
(文:Indiebase編集部)
