Indiebase編集部です。
夕暮れの荒野に、一人の騎士が立ち止まっています。
白馬にまたがり、長い槍を手にした騎士。その前には古びた石碑があり、足元には人間や動物の骨が散らばっています。
空には黒いカラスが舞い、不吉な雰囲気が漂っています。
ロシアの画家ヴィクトル・ヴァスネツォフが描いた『岐路に立つ騎士』(1882年、ロシア・サンクトペテルブルクの国立ロシア美術館所蔵)。
この絵には、ロシアの古い英雄叙事詩に登場する、恐ろしい運命の選択が描かれています。
石碑に刻まれた「3つの運命」
騎士が見つめている石碑には、古い文字で警告が刻まれています。
その内容は、ロシアの英雄叙事詩「ブィリーナ」に登場する、3つの道にまつわるものです。
まっすぐ進めば、命を失う。
右へ進めば、妻を得る。
左へ進めば、富を得る。
騎士は、この3つの運命から進むべき道を選ばなければなりません。
絵の題材になったのは、ロシアの伝説的な英雄イリヤー・ムーロメツの物語です。
彼は怪物や敵と戦う勇者として知られていますが、この場面では剣を振るうこともなく、ただ石碑の前で立ち止まっています。
実は画家が2つの選択肢を隠していた
興味深いことに、絵の石碑には3つの選択肢がすべてはっきりと書かれているわけではありません。
ヴァスネツォフは批評家ヴラジーミル・スターソフに宛てた手紙で、右へ進む道と左へ進む道の記述を、意図的に苔で隠したことを説明しています。
つまり、絵の中では、まっすぐ進めば死ぬという警告が、ひときわ強調されているのです。
騎士の足元に散らばる頭蓋骨や骨も、その警告を裏付けるかのように描かれています。
勇者は、死の危険を知りながらも、その道へ進むのでしょうか。

1878年の初版から、1882年の完成版へ
ヴァスネツォフは1870年代初頭から、この主題に取り組んでいました。
1878年には最初の完成版を発表しますが、それで制作を終えたわけではありません。
1882年、美術収集家サッヴァ・マモントフのために、構図を練り直した大型の作品を制作しました。
それが、今回の『岐路に立つ騎士』です。
ヴァスネツォフは、ロシアの民話や伝説を題材にした絵画で知られ、英雄たちの姿を歴史上の人物のような迫力で描きました。
この作品でも、騎士の鎧や武具には現実感があります。
一方、夕暮れの荒野と黒いカラス、地面に散らばる骨は、どこか死後の世界を思わせます。
目の前にあるのは、死が待つと告げられた道。
それでも騎士は引き返さず、石碑を見つめています。
この絵が描いているのは、戦いそのものではなく、戦うと決める前の、最も孤独な瞬間なのかもしれません。
(文:Indiebase編集部)
