Indiebase編集部です。
今日紹介するのは、ローレンス・アルマ=タデマが1888年に描いた「ヘリオガバルスの薔薇」。宴の席に薄紅色の花びらが降り注ぐ、ため息が出るほど華やかな絵です。ところがよく見ると、花びらの海に沈んでいる人たちの表情がどうもおかしい。上段では皇帝の一行が杯を片手にそれを眺めています。実はこれ、もてなしの場面ではありません。処刑の場面です。
花びらで客を窒息させた皇帝
ヘリオガバルス(エラガバルス)は、3世紀のローマに実在した少年皇帝です。14歳で即位し、奇行と放蕩の限りを尽くして18歳で暗殺されました。古代の伝記集『ローマ皇帝群像』には、彼が仕掛け天井から大量の花を降らせて、客たちを花に埋めて窒息死させたという逸話が残っています。本当にあったかどうかは怪しい話なのですが、この皇帝ならやりかねない、と思わせるだけの悪名がありました。
ちなみに原典に書かれているのは「スミレやその他の花」。薔薇に変えたのはアルマ=タデマの判断です。ヴィクトリア朝の人々にとって薔薇は官能や退廃の象徴だったので、この主題にはスミレより効くと踏んだのでしょう。
冬のロンドンに、毎週薔薇を取り寄せた
制作していたのは1887年の冬。当然ロンドンに薔薇は咲いていません。それでも本物を見ないと気が済まないアルマ=タデマは、南仏リヴィエラから毎週薔薇を取り寄せ、届いた花びらを見ながら一枚一枚描き込んだそうです。画面を埋め尽くす花びらがどれも妙に生々しいのは、この執念のおかげです。

建前は歴史画、中身は退廃
道徳にうるさかったはずのヴィクトリア朝で、この絵は人気を集めました。表向きは古代ローマの歴史画。中身は、退廃と死をこれでもかと絢爛に描いた絵。「歴史の勉強」という建前があれば、堂々とこの毒のある美しさを楽しめたわけです。花びらが美しいほど、その下で起きていることの残酷さが際立つ。この仕掛けは、130年以上経った今も色褪せていません。
なおこの絵、実は今も美術館にはありません。1888年の完成以来ずっと個人コレクションを渡り歩いていて、現在はメキシコの実業家ペレス・シモンの手元にあります。
(文:Indiebase編集部)
