暗闇を怖がるのは人間の本能だ。先が見通せない闇の中にいると、何かよく分からない恐ろしいモノの気配を感じ取ってしまう。そして、闇による恐怖を和らげて、もしくは、完全に取り去ってくれるのが光である。
そんな光と闇を効果的に利用し、物語に落とし込んだゲーム。それが、『Alan Wake(アラン・ウェイク)』シリーズだ。本シリーズは、ゲームとしてのおもしろさはもちろん、映画的な楽しみ方ができる作品である。
なぜ本作が「映画的」に楽しいのか。その理由を考えたとき、「恐怖の描き方」がホラー映画チックなのではないか、という思いに至った。今回は『Alan Wake』シリーズの大ファンである筆者がプレイして感じた、ホラー映画と本シリーズの共通点について考察していきたい。

『Alan Wake』シリーズの作品概要
『Alan Wake』シリーズは、レメディー・エンターテインメントにより制作されたゲームである。2010年に『Alan Wake』が、その13年後となる2023年に続編の『Alan Wake Ⅱ』が発売された。
ジャンルとしては、第一作がアクションアドベンチャー(サイコスリラーとされる場合も)であり、続編はサバイバルホラーとされている。どちらにしてもホラー要素が非常に強く、怖いものが苦手な人のプレイはおすすめしない。
レメディが制作した他の作品と同じく、本作も難易度が高めのTPSゲームである。激しいロック調の音楽にノリながら敵を撃ちまくるシーンが1・2双方にあり、シューティングゲームとしての魅力も十分にある。
また、他のレメディ作品(RCU:レメディー・コネクテッド・ユニバース)と世界観の上で繋がりがある。特に『Control』は、本作のストーリーを理解する上でも重要な作品と言えるだろう。プレイする順番としては、『Alan Wake』→『Control』→『Alan Wake Ⅱ』がおすすめだ。

『Alan Wake』

『Control』

『Alan Wake Ⅱ』
あらすじ
『Alan Wake』
ベストセラー作家であるアラン・ウェイクは深刻なスランプに陥っていた。その状態を脱出するため、アランと妻のアリスは、美しい湖「コールドロンレイク」がある田舎町・ブライトフォールズを訪れていた。 宿泊先であるキャビンに着いた2人は、些細なことで喧嘩をしてしまう。アランがキャビンを出ると、中からアリスの悲鳴が聞こえてきた。急いでキャビンに戻ったアランが目にしたのは、湖へと沈んでいくアリスの姿だった。 アリスを助けるため、湖へと飛び込んだアラン。次に目覚めたときには、森の中で大破した車の中にいた。助けを求めるため、明かりのついたガソリンスタンドに向かう途中、空から1枚の原稿用紙が降ってきた。それは、アラン自身の名前が記載されている、書いた覚えのない原稿だった。

『Alan Wake Ⅱ』
※アラン編とサーガ編に分かれている。
<サーガ編>:アランが行方不明になってから13年。コールドロンレイクの傍で、13年前に行方不明になった元FBIのロバート・ナイチンゲールの死体が発見された。FBI捜査官サーガ・アンダーソンと相棒のアレックス・ケイシーが捜査にあたるが、未来のことが書かれた原稿を発見したのをきっかけに、不気味な事件に巻き込まれていく。
<アラン編>:アランは未だ湖の底で、闇の力に囚われていた。闇の世界から脱出するためには、彼が書く物語が重要になる。アランは物語を書くため、闇の世界内で再現されたニューヨークを探索することになる。

『Alan Wake』シリーズの特徴とは
悪夢のような世界観
現実のようで現実ではない、まるで悪夢の中にいるかのような世界観だ。『LITTLE NIGHTMARES』のように悪夢をフィーチャーしたゲームは少なくないが、本シリーズは現実的な部分を多く残しつつも、より非現実的で不条理だ。「大人が見る悪夢」と言えるかもしれない。この特徴は『Alan Wake Ⅱ』でより顕著になり、そこかしこにいる影や変化する地形など、不気味な世界がいかんなく発揮されている。
光と闇の使い方
本シリーズにとって、光と闇は重要なファクターだ。敵である「闇の存在」に対応するには光が必要になる。懐中電灯で闇を取り払う必要があり、光は武器になると同時に、盾にもなるのだ。だからこそ本シリーズでは、光と闇のコントラストがよく効いている。暗闇の中に取り残されたときの心細く、恐ろしい感覚が本作の中に息づいている。
実写の多用
本シリーズ(ひいてはレメディ作品全体)はゲーム内で実写が多用されている。『世にも奇妙な物語』風の劇中ドラマ『Night Springs』は実写で作られており、続編では実写のムービーシーンがさらに多く差し込まれるようになった。考え悩むアランの様子や目だけの大写しなど、本格的に作り込まれた演出をぜひ観賞してみて欲しい。
『Alan Wake』シリーズと名作ホラー映画に共通する恐怖の描き方
『シャイニング』や『ミザリー』との関係性
本シリーズとスティーヴン・キングの関係は深い。『Alan Wake』の冒頭、上空から山岳地を捉え車を追う映像は、映画『シャイニング』のオープニングによく似ている。また、アランを監禁して小説を書かせようとする「闇の存在」の行動は、キング原作の『ミザリー』を彷彿とさせる。より静かで恐ろしい、人外の存在として描かれている。
「見えない」恐怖
『エイリアン』や『ジョーズ』は「見えないからこそ怖い」映画の代表格だ。姿をはっきり描写せず、背びれや痕跡だけで恐怖を煽る。本シリーズも、暗闇を探索する時間が非常に長く、靄や歪みで視認性は良くない。敵の本体が闇に包まれているのも、この「見えない」恐怖の一環だろう。探索したいが、その恐怖感に押されて足が進まない感覚を味わえる。
「理解できない」恐怖
意味が分からないものは、ときに計り知れない恐ろしさに直結する。『エイリアン』のゼノモーフがなぜ殺すのかが明示されない不気味さや、『2001年宇宙の旅』のモノリスのような異質な存在感。本シリーズ、特に『Alan Wake Ⅱ』のアラン編では、理解できないまま進む物語のソワソワとした違和感が残り続ける。不可解から生まれる不穏な雰囲気こそが、本作の主要な恐怖感なのかもしれない。

まとめ
『Alan Wake』シリーズは、人によって好き嫌いが大きく分かれる作品だ。ストーリーラインはもちろん描写1つ1つの癖が強く、ゾクリとする瞬間が多い。
しかし、一度本シリーズの世界観を気に入ってしまえば、何者にも代えがたい程のプレイ体験をさせてくれる作品でもある。光と闇の中で描き出される物語は、映画とゲームの境界を軽く飛び越えている。これからも唯一無二の世界観を持つゲームとして、残り続けるだろう。
(文:オオノギガリ)
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