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なぜ人々は熱狂するのか?:『ロッキー・ホラー・ショー』に見る「性」と「規範」を破壊するカルト文化の力

クセが強く、見る人を選ぶ映画があります。こうした映画は「カルト映画」と呼ばれ、「名作」と呼ばれたり、メジャーな人気映画として大々的な興行が行われたりすることもありませんが、一度ファンになった人の心をつかんで離さない強い吸引力を持っています。そして、『ロッキー・ホラー・ショー』もそんな作品の一つです。

公開から50年ほどの時間がたってもなお、熱狂的なファンを多く持つ本作。なぜ本作は、人々に愛され続けるのでしょうか。

この記事では、『ロッキー・ホラー・ショー』が持つカルト文化の力を探っていきたいと思います。


『ロッキー・ホラー・ショー』とはどんな作品なのか

『ロッキー・ホラー・ショー(The Rocky Horror Picture Show)』は、1975年に公開された、ミュージカル映画です。「ロックンロールミュージカル」と称されることもあり、好きな人にとってはつい体が動いてしまうような、いかにもロックな劇中歌が多いのが特徴です。作品自体の細かなジャンルはホラーになりますが、コメディタッチの描写が多く、怖いシーンはほとんどありません。

本作は、同名のミュージカル舞台を元としています。舞台と映画共にティム・カリー(『IT』のペニーワイズ役で有名)が主役を務め、若き日のスーザン・サランドンがヒロイン役として登場。原作者であり劇中歌の作詞作曲を担ったリチャード・オブライエンも、重要な登場人物として出演しています。

異性装やトランスセクシュアルを主要なテーマとし、カニバリズムや麻薬といったアンモラルな内容を多く含むことから、公開当時の評価は芳しいものではありませんでした。しかし、リピーターが付いたことから深夜上映を行ったところ、一種の社会現象のような状態に。やがて、『エル・トポ』などと並ぶ、カルト映画の代表格となったのです。

筆者もそんな本作の魅力にあてられており、作中通して感じられるハチャメチャさ、満足度の高いロック音楽、低予算映画としてのおもしろさを愛してやまない一人です。

Image via: rockyhorror.com

あらすじ

恩師に婚約の報告をするため、嵐の中車を走らせるジャネットとブラッド。しかし、車がパンクしてしまい、道中で見かけた怪しげな古城に助けを求めることになった。

古城の中では、摩訶不思議なパーティーが行われていた。それは古城の主であるフランクン・フルター博士が作った人造人間「ロッキー」をお披露目するためのものだった。ブラッドとジャネットは否応なく、フランクン・フルター博士が巻き起こす狂乱に飲み込まれていくことになる。

Image via: rockyhorror.com

人々が『ロッキー・ホラー・ショー』に熱中する理由

公開から長い年月を経てもなお、ファンの心をつかんで離さない『ロッキー・ホラー・ショー』。なぜ人々は本作を愛し、熱狂し続けるのでしょうか。その理由を、2つの観点から

考えていきます。

「参加型・体験型」の作品であること

本作は練り上げられたストーリーラインや、芸術的な映像美を持つ作品ではありません。ハチャメチャなストーリーでツッコミどころが多数存在しますし、低予算であるが故の粗さも見てとれます。

もちろん、ハチャメチャなストーリーや粗をおもしろさと捉えることも可能です。事実、筆者は本作の「抜け」とでも言えるこうした部分が好きでたまりません。

粗さやツッコミどころは本作の魅力の一つにこそなります。しかし、人々が熱中する理由としては薄いと言わざるを得ません。

本作にあって、他の名作を含む映画作品にないものとは何でしょうか。それは、本作が「参加型・体験型」の作品であるという点です。

特に日本において、映画は静かに座って鑑賞するスタイルが一般的です。「応援上映」という形式が浸透してきつつあるものの、映画館で話したり、歌ったりすることに抵抗がある人が多いことでしょう。

しかし本作は、映画自体に参加し体験する鑑賞スタイルが定着しています。「Time Warp」や「Sweet Transvestite」など、キャッチーさあふれる名曲ぞろいの劇中歌と音楽と、すぐにマネできそうなダンスの数々(ダンスのレクチャーをしてくれる登場人物も!)。一緒に鑑賞している人と共に歌って踊る高揚感。コスプレをして鑑賞するファンも多く、登場人物になりきる感覚も味わえます。これこそが、ファンが本作に熱狂する大きな要因と言えるでしょう。

一人のファンがきっかけになったとされる参加型・体験型の鑑賞形式ですが、日本でも1988年に同じ形式でリバイバル上映が行われました。一説には、応援上映が発展するきっかけになったともされています。

Image via: rockyhorror.com

インモラルのパワーによる解放感

本作をカルト映画たらしめるもの。それが、作品内のそこかしこにちりばめられたインモラルな要素です。

本作を構成するインモラル要素を挙げていくと、奔放な性関係や殺人、麻薬、カニバリズムとかなりの数に上ります。人造人間を製造することも、インモラルな行動と言えるでしょう。そして、本作のメインテーマである異性装も、1975年当時のアメリカ人にとっては「逸脱」であり、偏見の目にさらされる行為でした。

ジェンダーやLGBTQに関わる映画作品で多いのが、これらの人々が受ける差別や偏見を社会問題として提起するもの。非常に重要な意味を持つ行動であり、なくてはならないものでもありますが、どうしても暗く重たい映画になりがちです。

しかし本作は同様のテーマを扱いながらも、一切暗くなることがありません。むしろ、殺人やカニバリズムといった強烈なタブーを推進力として、物語は進んでいきます。

ボンテージファッションを身にまとい、派手なメイクを施したフランクン・フルターのカリスマ性とその行動。典型的な女性だったジャネットが、奔放な女性に変わっていくさま。男らしくあろうとするブラッドが、フランクン・フルターと同じくボンテージファッションを着て網タイツを履いている様子。あまりにインモラルではあるものの、解放感にあふれ、見ている側を惹きつけます。

「普通」や「常識」という言葉で縛られる辛さ。やりたいことを思うようにできないストレス。本来の自分をさらけ出したい欲望。ジャネットとブラッドは、こうしたストレスや欲望をインモラルが持つパワーによって解放しました。

本作が多くの人を熱狂させた裏には、人々が持つ「普通でないといけない」という辛さを発散させてくれるような感覚があったのかもしれません。

Image via: rockyhorror.com

「常識(規範)」の破壊:フランクン・フルターという存在について

先の項と少しかぶる部分もありますが、今度はフランクン・フルターという人物について考察していきましょう。

まずは、作中で描かれるフランクン・フルター像をまとめてみました。

フランクン・フルターは、派手なメイクを顔にほどこし、ボンテージや網タイツを着こなす長身の人物です。体は男性ではあるものの「スイートな性倒錯」と歌っているように、女性性も感じられます。

トランシルバニア星雲にあるトランスセクシュアル星生まれの科学者で、人造人間のロッキーを作り上げることに熱中。バイセクシュアルでジャネットとブラッドの2人と関係を持つほか、自身で作ったロッキーと結婚式を挙げるなど、性的に奔放な人物です。

また、殺人やカニバリズムといった行動に対しても、ほとんど抵抗がないようです。身内だけで固められた古城という場所、さらには異星人であるという理由もあるでしょうが、狂気に満ちた一面も持ち合わせています。

フランクン・フルターの人物像を、一言で表現するのは至難の業です。登場人物だけでなく観客側をも虜にする強いカリスマ性と、狂気的でエキセントリックな言動。正義ではないものの、完全な悪とも言えず、何より「常識的」という言葉の正反対にある性質。

本作は元来、真面目な考察など不要な作品と言えるでしょう。しかし、あえて表現するならば、筆者はフランクン・フルターの本質を「常識(規範)の破壊者」だと考えています。

フランクン・フルターの存在感は強烈です。画面に映っているだけで視線を巻き取り(ミートローフ演じるエディが主役の時でさえ)、他のことはかすんでしまいます。ある種異様な恰好をしていることも違和感にならず、魅力の一種として映ってしまうのです。

また、周囲の人物に対する影響力もすさまじいものがあります。ジャネットやブラッドの常識的な思考をやすやすと破壊して、「こちら側」に引き込む様子。観客もなぜか不思議に思わず、引き込んだことを納得してしまいます。

幸い、スクリーンの外側から見ている私たちは、影響され続けることはありません。画面から目を外したり、映画館から出たりすれば、フランクン・フルターの影響力から逃れることができます。しかし、本作の登場人物となると、そうはいきません。

物語の最後、ブラッドとジャネットはフランクン・フルターのいない世界に帰ってきます。結婚の約束をしていた2人ですが、その後はきっとうまくいかないことでしょう。2人とも、仲の良い恋人や夫婦として過ごすための大切な部分を破壊されてしまっているからです。

※ちなみに、本作には『ショック・トリートメント』という続編が存在します。しかし、ブラッドやジャネットが登場するものの演じる人が違い、ストーリーの関係性も希薄です。

Image via: rockyhorror.com

サブカルチャーを彩るカルト文化

「カルト」と聞くと、身構える人も多いかもしれません。しかし、サブカルチャーにとってカルト文化は切っても切り離せない存在です。ここから少しだけ、サブカルチャーを彩ったカルト作品を見ていきましょう。

  • エル・トポ
    『エル・トポ』は1970年に公開された、アレハンドロ・ホドロフスキー監督の西部劇です。『ロッキー・ホラー・ショー』と同じく、ミッドナイトムービーの一つであり、カルト映画の最高峰と称されています。
  • 未来世紀ブラジル
    『未来世紀ブラジル』は1985年に公開された、テリー・ギリアム監督のディストピア映画です。官僚主義と監視社会に支配された世界、夢想家サムが自由を求めるさまを描き出しています。
  • ねじ式
    『ねじ式』は1968年の『月刊漫画ガロ』に掲載された、つげ義春の代表的短編漫画です。悪夢の中のようなシュールな世界観が特徴で、主人公が医者を探し彷徨う旅を描いています。

まとめ

数あるカルト映画の中でも有名で、公開から長い年月を経た今でも愛され続ける作品『ロッキー・ホラー・ショー』。好き嫌い、賛否両論様々あれど、本作は確かに映画史に残る作品です。

今回は本作が人々を熱狂させる理由について、また、フランクン・フルターという人物像について、筆者が自分なりに考えてみました。おそらく、共感できること、同意できないこと、様々な意見があると思います。

そうした意見を通じて、本作の歴史がこれからもずっと続くことを、いちファンとして願っています。

(文:オオノギガリ)

“The Rocky Horror Picture Show” © 1975 Houtsnede Maatschappij N.V. Renewed © 2003 Twentieth Century Fox Film Corporation. All Rights Reserved.

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