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「計算」できない生の震え。AI時代にこそ、アッバス・キアロスタミを観なければならない理由

効率と「正解」が何より優先される現代。……しかし、アッバス・キアロスタミの映画には、その対極にあるものしか映っていません。

そこにあるのは、答えのない問い、目的地のないドライブ、そして「ただ、そこに人がいる」というだけの、圧倒的な事実です。


1. AIが最も苦手とする「退屈」という名の豊かさ

絶え間なく流れてくる情報の断片は、私たちの注意を1秒も逸らさないよう、常に刺激的な変化を求め続けます。しかし、キアロスタミのカメラは、ただ丘を登る車を数分間映し続け、ただ風に揺れる木々をじっと見つめます。

そこにあるのは、「退屈」が「瞑想」へと変わる魔法のような時間です。効率化の極致にあるAIには、この「何もしない時間」の価値を理解することはできません。キアロスタミを観ることは、AIにハックされた私たちの時間感覚を、自分たちの手に取り戻す「革命」なのです。


2. 『友だちのうちはどこ?』:効率という名の「最短距離」を拒絶する誠実さ

キアロスタミの名を世界に知らしめた本作は、隣の席の友だちが忘れたノートを届けるために、少年が山を越え、隣の村へと走るだけの物語です。

効率を重視する現代なら、地図アプリで最短ルートを検索して、一瞬で終わらせてしまう用事かもしれません。しかし、少年アハマッドは道を間違え、大人に相手にされず、何度も同じジグザグの道を息を切らして駆け抜けます。この「非効率な一生懸命さ」こそが、人間の誠実さの正体ではないでしょうか。ノートを一冊届けるという極めて小さな、しかし彼にとっては世界のすべてである使命。その重みは、データ上の最適解には決して現れない、血の通った「祈り」に似ています。


3. 『クローズ・アップ』:AI(ディープフェイク)を超える「虚構の中の真実」

映画監督になりすまして他人の家に入り込んだ男の実話をもとに、本人たちが本人を演じるという、虚構と現実が溶け合った奇跡のような作品『クローズ・アップ』。

現代、AIが「本物そっくりの偽物」を量産する中で、私たちは何を信じていいか分からなくなっています。しかし、キアロスタミは「映画とは、嘘をつくことで真実を語るものだ」と言いました。AIの嘘が「騙すための欺瞞」であるならば、キアロスタミの嘘は「人間の本質を剥き出しにするための祈り」です。情報の真偽を超えたところにある「魂の震え」は、本物の人間にしか演じ得ないものです。


4. 『桜桃の味』:データ化できない「死」と、一杯のチェリー

AIには「死」がありません。痛みも、絶望も、そして「死にたい」と願うほどの孤独も、データとしては知っていても、実感としては持ち得ない。

『桜桃の味』で描かれるのは、自殺を願う男が、自分の遺体に土をかけてくれる人を探して彷徨う物語です。しかし、彼が最後に出会う老人が語るのは、高尚な哲学ではなく、「ただ、食べたチェリーが美味しかったから、死ぬのをやめた」という、あまりにも小さく、言葉にならない生の肯定でした。数値化できない、効率では測れない「生きる理由」。AIがどれほど進化しても、この一杯のチェリーの味、あの夕日の美しさ、あの風の冷たさを、私たちの代わりに味わうことはできません。


5. 今こそ、バックミラーを覗き込もう

キアロスタミの映画の多くは、車の中から撮影されます。バックミラー越しに映る景色、窓の外を流れる名もなき人々。

AIという「未来への加速装置」に乗せられている私たちにとって、キアロスタミの映画は、その速度を落とし、バックミラーを覗き込んで「自分が今、どこにいるのか」「人間とは、これほどまでに頼りなく、そして美しい存在だったのではないか」ということを思い出させてくれる停車場です。

効率に殺されそうな今だからこそ、彼の「不自由な観察」に身を委ねてみてください。そこには、AIがどれほど進歩しても絶対に辿り着けない、「あなただけが感じる、世界の震え」が待っています。


6. はじめてのキアロスタミ。心に刻むべき3本

AI時代の今だからこそ、まずはこの3作品から、世界の手触りを取り戻してみてください。


『友だちのうちはどこ?』 少年の必死な疾走が、失いかけた「誠実さ」を呼び覚まします。ジグザグ道のカットは映画史に残る名シーンです。

▶『友だちのうちはどこ?』Amazon Prime Video


『クローズ・アップ』 「自分ではない誰か」になりたかった男の悲哀。ラストシーンの音声トラブル(演出)がもたらす感動は、どんな最新技術も再現不可能です。

(※現在、各種配信サービスまたはDVDにて視聴可能)


『桜桃の味』 死を見つめるドライブの果てに、一杯のチェリーが世界を肯定する。カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞作。

▶『桜桃の味』 Amazon Prime Video


(文:銀助)

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