2020年、世界中のゲーマーを驚かせたのは、アメリカのスタジオ(Sucker Punch Productions)が作った、あまりにも「日本」を理解しすぎた一作、『Ghost of Tsushima』でした。
本作をプレイした誰もが、設定画面にある「Kurosawa Mode(黒澤モード)」に目を奪われたはずです。しかし、その影響はモノクロの画面やフィルムノイズという外見だけではありません。このゲームの核には、『七人の侍』をはじめとする黒澤映画のDNAが深く刻み込まれています。
1. 「風」が語る映像言語:自然をUI(ユーザーインターフェース)にする発明
黒澤明監督の『七人の侍』や『乱』を観ると、常に画面内で何かが動いていることに気づきます。それは旗であり、雨であり、そして「風」にたなびく草原です。黒澤監督は、自然の動きを使ってキャラクターの感情や緊迫感を表現しました。
『Ghost of Tsushima』は、この「風」をゲームのナビゲーションとして採用するという驚くべき発明をしました。目的地を指し示す矢印を消し、世界そのものに吹く風に従って旅をさせる。これは「黒澤映画の美学」を、「オープンワールドの没入感」へと完璧に翻訳した結果なのです。

出典:Steam「Ghost of Tsushima DIRECTOR’S CUT」より
2. 「誉れ」か「生存」か:『七人の侍』が描いた武士の境界線
『七人の侍』の革新的な点は、武士を「高潔な聖人君子」としてだけでなく、「泥臭く、生きるために足掻く人間」として描いたことにあります。食うために戦い、勝つために手段を選ばない——。
これは、本作の主人公・境井仁が辿る道そのものです。対馬を守るために、武士としての誇り(誉れ)を捨て、背後から闇討ちを仕掛ける「冥人(くろうど)」へと堕ちていく葛藤。 「正しい武士道」という幻想を解体し、守るべき者のために己を変革させるという物語の骨格は、『七人の侍』から続く「人間主義的な時代劇」の到達点と言えます。

出典:『キネマ旬報』1962年11月上旬号
3. 「静」と「動」のコントラスト:決闘の美学
黒澤映画の殺陣(たて)は、長く静かな「溜め」の後に、一瞬で勝負が決まる「閃光」のようなアクションが特徴です。
『Ghost of Tsushima』の「対峙(スタンドオフ)」システムは、まさにその再現です。敵のわずかな動きを見極め、一撃で斬り捨てる。背景に散る紅葉や、鳴り響く尺八の音色も含め、プレイヤーはボタン一つで「黒澤映画のクライマックス」を自らの手で演出することができるのです。

出典:Steam「Ghost of Tsushima DIRECTOR’S CUT」より
4. 時代を超えた「普遍性」の継承
『Ghost of Tsushima』がこれほどまでに愛されたのは、単に「侍」を扱ったからではありません。「失われるものへの哀悼」と「変化を受け入れる勇気」という、『七人の侍』が持っていた普遍的なテーマを、現代のゲーム体験として蘇らせたからです。
黒澤明がスクリーンに焼き付けた「風」は、今、私たちのコントローラーを通じて対馬の草原を揺らしています。もし未プレイなら、ぜひ『七人の侍』を観た後に、再び対馬の地に降り立ってみてください。そこには、映画とゲームが溶け合った、究極の体験が待っています。

出典:Steam「Ghost of Tsushima DIRECTOR’S CUT」より
対馬の次は、羊蹄山へ。受け継がれる「冥人」の意志
本作『Ghost of Tsushima』で描かれた、己の誉れを捨ててでも守るべきもののために戦う「冥人(くろうど)」の物語。その精神と美学を正統に受け継ぎ、現在世界中で爆発的なヒットを記録しているのが、最新作『Ghost of Yotei(ゴースト・オブ・ヨウテイ)』です。
舞台は1603年、対馬の戦いから数百年後の蝦夷地(現在の北海道)。新たな主人公「アツ」が、羊蹄山を望む未開の地で、一人の浪人として、そして新たな「冥人」として、自分自身の戦いに身を投じます。
『七人の侍』から続く「静と動」の美学は、雪深い北の大地でさらなる進化を遂げました。風に舞う雪片、凍てつく空気の質感、そしてより鋭利さを増した一騎打ち。対馬で黒澤映画へのラブレターを綴ったSucker Punchが、今度は羊蹄山を舞台に「時代劇ゲーム」の新たな金字塔を打ち立てています。
まだ対馬の風を感じていない方も、すでに羊蹄の雪山を歩んでいる方も。この二つの物語を繋ぐ「黒澤明のDNA」を意識しながらプレイすることで、その体験はより深く、重厚なものになるはずです。
【CHECK OUT】
▶ Steamストア:Ghost of Tsushima DIRECTOR’S CUT
▶ PlayStation公式サイト:Ghost of Tsushima DIRECTOR’S CUT
(文:銀助)
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